東京・神田の古いビルの2階。そこには夜な夜な紳士淑女が集まり、うんちくを披露しあう歌謡曲バーがあるという。今宵も有線から、あの名曲が流れてきた。

お客さん:お、このイントロは『木枯し紋次郎』(フジテレビ系)の主題歌、上條恒彦の『だれかが風の中で』だ。

マスター:1972年の人気時代劇で、中村敦夫のクールな佇まいが、ニヒルな紋次郎にぴったりだった。

お客さん:くわえ楊枝に「あっしには関りあいのねえこって」の決め台詞、シビれたねえ。それにしても『だれかが風の中で』は時代劇らしからぬ、力強く軽快な歌だよね。

マスター:実はそんな曲調を望んだのが、ドラマの製作総指揮を担った市川崑だった。

お客さん:『東京オリンピック』『犬神家の一族』『ビルマの竪琴』など数々の名作を生んだ映画監督、あの巨匠・市川崑!

マスター:作詞は市川崑の妻の和田夏十、そして作曲は小室等。市川は小室に、「時代劇じゃなくて、西部劇を作るつもりなんだ。テーマは “走る”」と伝えたという。

お客さん:なるほど。

マスター:そこで小室は映画『明日に向かって撃て』をイメージしながら作り上げた。ただ完成までに3回もダメ出しされたという。それはメロディーではなく、どこをどう盛り上げるか、構成に関するものだったという。

お客さん:そこが映画監督らしいよね。

マスター:小室自身、いざ完成したら、すべて欠かせない助言だったと振り返っている。

お客さん:そして、この歌を朗々と歌い上げたのが上條恒彦だ。

マスター:実はレコーディングのとき、市川崑は上條にもダメ出ししたそうだ。

お客さん:なんて?

マスター:「上條ちゃん、もうちょっと下手に歌えないか」

お客さん:意外すぎるダメ出し!

マスター:上條にとっては初めてのテレビドラマ主題歌だけに、気合いを入れて、あの太く伸びる歌声で歌い上げた。でも、ダメ出しで、上條は「紋次郎はそんなに立派な人物じゃない」と気づき、肩の力を抜いて歌ったところOKが出たそうだ。

お客さん:『だれかが風の中で』は、ある意味、市川崑の作品のひとつでもあったわけだ。

 おっ、次の曲は……。

3/28(日) 16:02配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/c71450f81fc0f7df81fa3606ed5176a170270a05