現在の将棋界4強の一人、永瀬拓矢王座(28)は高校をわずか2日で辞めている。永瀬王座は、将棋に必要のないものを切り捨てるストイックさがあり、棋道に邁進する姿から「軍曹」のニックネームを持つ。また、藤井聡太二冠が唯一、研究会をしている相手としても知られている。

 永瀬王座の両親は川崎市でラーメン店を営んでおり、以前に伺って父親に話を聞いた。

「将棋のことだけは、いつでも一人で、どこへでも行ったな。3人子どもがいるのですが、拓矢だけは本当に手がかからなかった」

 他県で行われる将棋合宿には、小学生は保護者が同伴するが、永瀬は一人で行っていたそうだ。高校の退学は、両親に相談はなく事後報告だったという。

「自分には必要ない。通学にかかる時間に将棋の勉強をしたほうがいい」

 そう告げられた両親はあっけにとられたという。

 一方で、永瀬と子供のころから将棋大会で対戦し、研究会も行ってきた高見泰地七段(27)は、高校を辞めることに対してこう話す。

「自分には辞めるまでの勇気はないです。もしプロになれなかったら終わりじゃないですか。そこまでの自信を持つのは難しい」

 高見は高校卒業後、立教大学に進学した。プロデビューは18歳。対局と授業の両立は厳しく、大学では1年留年もした。その間に、ライバルたちが将棋の勉強をしていることに焦りを感じたが、「この時間は将来必ず生きてくる」と信じて卒業まで通い続けた。2018年には初タイトル「叡王」を獲得している。

 藤井二冠の師・杉本昌隆八段(52)は、高校に進学していない。この世代の棋士は、中卒組と進学組が半々くらいだったといわれる。杉本八段の師である故・板谷進九段も、「高校は必要ない」という態度だったという。

「師匠は進学に反対でした。でもそれは、私が棋士になれると期待されているように感じました」

 3年前に杉本八段に取材したとき、藤井二冠の高校進学についてこう語っている。

「藤井の高校進学は、人生という意味でいい選択だったのではないでしょうか。そこで普通に付き合ってくれる友人を作るべきです。『今日のお弁当のおかず何?』とか、他愛もないことを話せる関係は大切だと思います。将棋界では彼は特別な存在として見られてしまいますから。いるだけで場の空気が張り詰め、これからこの世界に入ってくる後輩たちは距離を置いてしまうでしょう。それはトッププロの宿命です」

 20年秋に藤井二冠に取材したとき、大学進学について尋ねると「それは考えていないです」とはっきりと答えていた。高校を辞めることまで決めていたかはわからないが、王位・棋聖のタイトルを獲得し、責任感とともに将棋により打ち込む決意を固めていたのは間違いない。

 師は言う。

「藤井にとって大切だったのは、卒業ではなく、そこで過ごした時間だったはずです」

 今後、棋界を代表する棋士として孤高の道を歩むであろう藤井二冠。彼にとって、高校生活が与えてくれた思い出が、支えとなる日が来るかもしれない。