「ファイザー社などのmRNAワクチンが、性ホルモンや筋肉にどのような影響があるのかを示すエビデンスがはっきりしていないことに困惑している選手もいます。

 また、国際大会である以上、国による文化・慣習の違いの問題も出てきます。私が女子柔道フランス代表のコーチをしていた時に、インフルエンザのワクチンを打ちたいと思ってチームドクターに相談したところ、“自分で罹患して免疫を持ったほうがいい”と言われた経験があります。

 フランスでは、よほどリスクの高い人でない限り、ワクチンを投与するという考え方が定着していない。現地でコロナワクチンの接種ペースが想定より大幅に遅れていることには、そうした国民性も背景にあると考えられる。全世界の参加アスリートに一律で優先接種というのは、ある種の強制措置ですが、すべての選手がそれをありがたがると思っているのだとすれば、大きな間違いです」
「もっと声をあげるべき」

 溝口氏が指摘するように、ワクチン問題に敏感な反応を見せる選手もいる。12月5日に開かれた陸上長距離の代表内定会見では、女子1万mで五輪代表の座を勝ち取った新谷仁美が、ワクチンの副反応を懸念して「正直受けたくないと思っている」「安全性が確保されている証明がないと、ただただ怖いだけ」といった率直な思いを口にした。

 新谷は五輪開催の可否についても、「国民の皆さんがやりたくないと言っていたら、開催する意味がなくなってしまう」と自分の言葉で考えを語っている。

しかし、こうしたケースは稀だ。

 週刊ポストは、アスリートの優先接種問題について、競技中に身体接触のあるスポーツを中心に競技団体の見解を求めたが、「選手に対するワクチンの手配や接種のフローは政府レベルで検討がなされているものと理解している。定められたルールに則り対応をしていく」(全日本柔道連盟)といった対応だった。

 スポーツジャーナリストの谷口源太郎氏はそうした状態について懸念を表明する。

「結局、IOCはじめ、自分たちの利益のためになんとしても開催したい人たちがワクチンの優先接種を言い出している状況です。私はもちろん反対ですが、本来は日本のスポーツ界、つまりは競技団体やアスリートから、きちんとした意見表明があってほしい。

 今後も、感染拡大が続くことが考えられる以上、当然この問題がもっと現実味を帯びた議論になってくる。だからこそ、それに先んじて海外ではスポーツ関係者が“優先して打つのはおかしい”と声を上げているわけです。日本のスポーツ界には、自由な議論を許す空気がない。その構造的な問題が露呈しているように思えてならない」

 新型コロナのワクチンは、その効果が期待されるからこそ、優先順位などの取り扱いには注意を要する。オリンピックを巡っても、慎重な議論と判断が必要だ。

※週刊ポスト2021年2月5日号