ロックサイドからフュージョンに歩み寄ったジェフ・ベックの『ブロウ・バイ・ブロウ』
12/18(金) 18:02 OKMusic
https://news.yahoo.co.jp/articles/d018d8bdbae4a7c29788dc3f4a252c6875dae77b?page=1


ジェフ・ベックは類いまれなテクニックを持ったギタリストである。今から半世紀ほど前にはエリック・クラプトンやジミー・ペイジと並んでブリティッシュロック・ギタリストの御三家として当時のロック少年たちから崇拝されていた。しかしベックは、例えばクラプトンの「クロスロード」(クリーム)やペイジの「胸いっぱいの愛を(原題:Whole Lotta Love)」(レッド・ツェッペリン)といった鉄板となる曲に恵まれず、ギターのテクニックはピカイチであっただけに、それだけがファンにとっては悔やまれるところであった。

(※中略)

今回取り上げる『ブロウ・バイ・ブロウ(発表当時の邦題は“ギター殺人者の凱旋”)』は、次作の『ワイアード』と並んで彼の多彩なプレイを中心にしたソロ名義での必殺インストアルバムである。本作は、よくフュージョン寄りの作品だと言われるが、ギターに関して言えばロックのフレージングのみしか使っておらず、彼がロッカーとしての矜持をもってアルバム制作に臨んでいることが分かる。

◆予言的なベックのギタープレイ

ブルースが下地になっていた70年代初頭のブリティッシュロック界で、ロックのイディオムでフレーズを組み立てていたのはジミヘン(アメリカ人だがイギリスで活動していた)とジェフ・ベックのふたりだと思う。彼らももちろんブルースの影響は受けてはいるが、その才能と努力でロックギターを進化させたのである。特にベックは、ビブラート、トーンアームを使ったベンド、フィードバック、スライドなど、のちにハードロックやヘヴィメタルのプレーヤーが好んで使う技術を60年代には既に編み出しているのだから、まさにロックギターのイノベーターである。

(※中略)

◆本作『ブロウ・バイ・ブロウ』について

そして74年8月、ベックはテレビ番組でギターのワークショップをやることになり、そこでバックを務めたフュージョングループ、アップと意気投合し、彼らのアルバムのプロデュースをしただけでなくギターも弾いている。本作のアイデアはこの時に具体化したものと思われる。

このあと、ジェフ・ベック・グループのキーボード奏者、マックス・ミドルトン、ベースのフィル・チェン(ジム・モリソン亡き後にドアーズの残党が結成したファンクグループ、バッツバンドのメンバー)、ドラムのリチャード・ベイリー(ファンクグループ、ゴンザレスのメンバー)を呼び寄せ、セッションを行ない、このメンバーでレコーディングに入る。プロデューサーにはビートルズやイーグルスを手がけた名プロデューサーのジョージ・マーティンが選ばれているが、彼はマハビシュヌ・オーケストラのプロデュースも手がけていて、それが彼を起用した一番大きな理由だと思われる。

アルバム収録曲は全部で9曲、全てインストで占められている。リズムはソウル/ファンクをベースに組み立てられ、ベックのプレイはこれまでの硬派のロックギタリストのイメージを脱ぎ捨て、多彩なテクニックを使いながらもキャッチーでメロディアスなプレイを華麗に披露している。ただ、ギターの奏法面では彼が編み出した様々なテクニックを駆使し、フュージョン的なプレイに流されることなく(というか、時代はまだフュージョン前夜である)、ロックフィールにあふれるプレイを聴かせている。次作の『ワイアード』では本作よりアグレッシブなプレイが多く、この2枚は対で考えるのが妥当だろう。

9曲のうち、スティービー・ワンダー作が2曲、マックス・ミドルトン1曲、バーニー・ホランド(ファンクバンド、ハミングバードのギタリスト)1曲、レノン=マッカートニー1曲で、それ以外はベック作かベックとメンバーとの共作である。スティービー作の「哀しみの恋人達(原題:Cause We’ve Ended As Lovers)」はロイ・ブキャナンに捧げられているが、この時点ではまだロイは存命(88年に逝去)で、ロイの得意とするスタイルでギターを弾いているからである。

ギターのインストアルバムは売れないというのがレコード業界では通説だが、本作は全米チャートで4位まで上昇している。それは、本作でようやく欲求不満を解消できたこれまでのベックの多くのファンが買ったからではないかと、僕は密かに思っている。

TEXT:河崎直人