松田聖子同級生が初告白「隠された“初恋の彼”の早逝」 [首都圏の虎★]
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80年にデビューし、今年で40周年を迎えた松田聖子(58)。コロナ禍にあって40周年記念のライブをオンラインで開催し、色あせない姿を披露した聖子だが、この特別な年に、久留米信愛女学院時代の親友・川崎喜美子さんが、今だから明かせる秘話を語ってくれた。
それは、聖子のデビューが決まり、上京を目前に控えたある日のこと。
「蒲池(松田聖子の本名は蒲池法子)の送別会が久留米大付属高校へ通う男の子の家で行われたのですが、そこに参加するよう蒲池から誘われたんです。豪邸で出迎えてくれた彼は、医者の息子さんでね。蒲池はその場で、オーディションでも歌った『気まぐれビーナス』を披露したんです。彼はその後、医師になったけれど、数年前に他界してしまったそうです。蒲池は『久留米を捨てた』といわれちゃうくらい地元と関わりをもたないので、彼が死んだことも知らないかもしれません」
そう語り、複雑な表情を見せる川崎さん。デビュー後は「松田聖子の親友」ということで幾度も雑誌の取材を受けたというが、言ってもいないことを書かれたことも多く、マスコミとは疎遠になっていく。
「『聖子は男性に対してすごくフランクで誰とでも……』って、私が言ったことになっていたり。ありえない!」
確かに、聖子はデビュー間もないころから、「地元・久留米ではヤンキーだった」といった噂が飛び交っていたが、「それも嘘! むしろ彼女は、当時流行った“ツッパリ”とかが大嫌いだったんです」と、川崎さんはきっぱりと否定する。
「やはりお医者さんの息子とか、育ちのいい男性がタイプでしたね。よく雑誌で“初恋の人”として紹介されていたのはまた別の人。『あの人もいいな』って気が多かったのかも(笑)」
その後、聖子は瞬く間に大ブレイク。本人と連絡をとらなくなった後も、聖子の母とは親交があり、こんな頼まれごとも。
「蒲池のお母さんから『娘のマネージャーになってもらえない? 友達は心を許せるし』と打診されたこともありました。東京で、しかもマネージャーだなんて、とても無理と辞退しましたけど。
沙也加ちゃんが生まれたときは、東京まで訪ねたこともありました。彼女は出産のあと面会謝絶で。神田正輝さんにはご挨拶したけれど、本人には会えませんでした」
川崎さんは短大を卒業後、福岡で働き、20代後半からダイビングインストラクターとしてパラオに100回以上渡航する生活を送った。川崎さんにとってこの40年、スターとして脚光を浴び続けてきた聖子はどんな存在だったのか。
「会うことはありませんでしたが、もちろん時折思い出すことはありましたよ。パラオにいたときはボートの先端で風に吹かれて、大声で『青い珊瑚礁』を歌ったり。すごく気持ちがよかったですね」
近年は母親の介護のため、川崎さんは地元で生活。シングルファザーとなった実兄の子どもたちの母親代わりとなり、年月を重ねた。
「ディナーショーには一度だけ行ってみたけれど、私の知っている彼女ではないのかもって。もう蒲池法子ではなく松田聖子という別の人になっていて『遠くに行っちゃったな』って寂しさはあります。でも一緒に過ごした時間は憶えていてくれると信じていて。チャンスがあればいつか再会したいですね」
https://news.yahoo.co.jp/articles/efc8a907e73259ae88459d7e53e2f788cf55492f
https://amd-pctr.c.yimg.jp/r/iwiz-amd/20201203-00010012-jisin-000-1-view.jpg この記事の前編
>「もう時効ですよね。『芸能界に入って、ひろみと付き合うの!』とカマチはよく妄想して、教科書にもそう書き綴っていました。まさかそれが現実のことになるなんて夢にも思いませんでした」
長渕剛も福岡のライブハウスにいた頃、「上京したら石野真子と結婚する」って周囲に言って馬鹿にされてたという 胡散臭い話ばかり
東京まで行って会えなかったとか
マネージャーになってとか 誰とでもなんて言ってないとか言いながら、気が多かったとか余計な事を言っとるやんけ えっ!!
初恋の相手は芦屋雁之助じゃなかったのかよ? 学生時代で時が止まってそうな女。こういう人って自分が嫌われてるって思ってないからガンガン押しかけてきて怖いんだよ パラオに100回以上か
この世代はやたらと海外旅行にいくね
バブルを堪能してる感じ
生まれた時代が良かったね >>13
信じられないだろうけど
いざ付き合ったら聖子ちゃんの好みじゃなかったんで
ああやって振ったんだってさ。 >>16
そんな言葉を別離会見で言うくらいなら
現世でも一緒になれるだろうし
現世で一緒にならないなら
そんな言葉はただの逃げだろうに
いい大人が何涙ながらに話してるんだか
って子供心に思ってた >>1
>「ディナーショーには一度だけ行ってみたけれど、私の知っている彼女ではないのかもって。もう蒲池法子ではなく松田聖子という別の人になっていて『遠くに行っちゃったな』って寂しさはあります。
ディナーショーをやる頃ってデビューしてだいぶ経ってない?
とっくに松田聖子としてたくさんのスタッフ抱えてる人に、高校時代の蒲池法子を求めても期待に応えられないと思う >>20
子供だったのに逃げだと見抜いていたんだ!
すごいwwwww 九州の名家だよね、蒲池氏。鎌倉時代は地頭職。普通に信長の野望に出て来るw 学生時代に仲良くても大人になって疎遠になっていく友人なんて普通だろうに
それをいかにも松田聖子が薄情だと言わんばかりの皮肉っぷりだな
出産後、面会謝絶の聖子の面会に行って会えなかったとかも
本人の承諾なく押しかけて行ったってことでしょ
そりゃ迷惑だろうよ
ディナーショー行っても誉めるよりも恨みごとでこの人まわりから好かれていないだろうなと感じるわ
あの松田聖子と同級生だったということがこの人のアイデンティティなんだろうね
聖子母からマネージャー頼まれたって話も嘘くさい 川崎さんが友達のふりして、蒲池さんに嫉妬していたのが伝わる 第22回(1980年)日本レコード大賞
【金賞】◎レコード大賞 ○最優秀歌唱賞
五木ひろし「ふたりの夜明け」
五輪真弓「恋人よ」
岩崎宏美「銀河伝説」
小林幸子「あれから一年たちました」
西城秀樹「サンタマリアの祈り」
沢田研二「酒場でDABADA」
高田みづえ「私はピアノ」
もんた&ブラザーズ「ダンシング・オールナイト」
○都はるみ「大阪しぐれ」
◎八代亜紀「雨の慕情」
【ベスト・アルバム賞】
イエロー・マジック・オーケストラ「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」
長渕剛「逆流」
山下達郎「MOONGLOW」
【ロング・セラー賞】
ロス・インディオス&シルヴィア「別れても好きな人」
【作詩賞(西条八十賞)】
武田鉄矢「贈る言葉」(歌:海援隊)
【作曲賞(中山晋平賞)】
もんたよしのり「ダンシング・オールナイト」(歌:もんた&ブラザーズ)
【編曲賞】
後藤次利「TOKIO」(歌:沢田研二)
【特別大衆賞】
山口百恵
【TBS賞(後援団体賞)】
海援隊
【新人賞】◎最優秀新人賞
岩崎良美「あなた色のマノン」
河合奈保子「ヤング・ボーイ」
◎田原俊彦「ハッとして! Good」
松田聖子「青い珊瑚礁」
松村和子「帰ってこいよ」 聖子は良きにつけ悪きにつけ執着しないタイプだよな
地元とか関係ねえって分かるわ 久留米のコンサートホールが古くボロボロで松田聖子クラスのコンサートでは
まったく使い物にならなかったのでずっ久留米に関わることはなかった
そしてほんの3年ぐらい前にやっとコンサートホールを建て直して近代的な設備の
いいのができたので、松田聖子が久留米に凱旋してコンサートをやるようになった >>18
松田聖子同級生が初告白「隠された“初恋の彼”の早漏」
まあ別れた理由にはなりそうやな でも上京したての頃は電話や手紙やりとりしてたんでしょ?聖子、ホームシックにかかっちゃって >>41
ホームシック期間中はまだ心は地元にいるのと同じだから学生時代の友人との交流は残るもんだ
そこから仕事が順調で忙しくなって
東京で恋愛結婚子育てと過ごしていればしだいに故郷は故郷でなくなるからな
人生の半分以上を東京で過ごしたあたりで生まれ故郷への執着がなくなる人は多いよ
ましてや聖子は早い段階で両親も東京に呼び寄せている
それで久留米に義理だてすることを当然と言わんばかりの川崎さんは
自身も海外で仕事をした経験があるわりに視野が狭くてなんか怖い ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています