0002名無しさん@恐縮です
2020/10/24(土) 18:06:09.28ID:nPRMQYBV0翌2002年はウイングにポジションを移し、松井大輔、黒部光昭と強力な3トップを形成。同年の天皇杯優勝を置き土産に、オランダのPSVへと旅立った。
PSVを経て加入したマンチェスター・ユナイテッドでの活躍は、周知のとおり。献身性と汎用性を武器に7シーズンに渡って主力としてプレーし、大事な試合で結果を出す勝負強さも光った。
2000年から2011年まで名を連ねた韓国代表キャップ数は100。アジアサッカーの歴史にその名を刻む偉大なプレーヤーの原点もまた、Jリーグにあったのだ。
コートジボワール代表に上り詰めたドゥンビアも、Jリーグからのし上がったワールドクラスのひとりだ。
2006年、19歳の時に来日し、柏レイソルでプレー。切れのあるドリブルを駆使してガムシャラにゴールに向かうアタッカーは、一方でプレーに波があり、在籍2シーズンで主軸とはなりえなかった。
しかし、2008年に徳島ヴォルティスにレンタル移籍すると、16試合で7得点とゴールを量産。そして同年には日本で行なわれたキリンカップでコートジボワール代表デビューを果たしている。
6月にはスイスのヤングボーイズに移籍したことで、日本では大きなインパクトを放ったわけではない。だが、本田圭佑と同僚となったCSKAモスクワでは2度の得点王に輝き、のちにイタリアやイングランドでもプレー。2010年のワールドカップにも出場するなど、輝かしいキャリアを歩んでいる。
ここで紹介した4人が、Jリーグ経由で世界に羽ばたいた"出世頭"だろう。変わり種では、浦和レッズでブレイクし、のちに国籍を取得したカタールで代表となったエメルソンもいる。だが、当時のルールでは資格がないとことが明らかとなり、代表での実績よりも、その騒動のほうが話題となった。
"出世頭"の4人に共通するのは、若くして来日したこと。そして、試合経験にかかわらず、そのポテンシャルを刺激する文化や土壌がJリーグにはあったのだろう。
現在のJリーグにも、浦和のレオナルドをはじめ、二十歳前後で日本にやって来た選手は数多く在籍する。Jリーグで揉まれた彼らが今後、ワールドクラスになる可能性も十分にあるはずだ。今のうちにその雄姿を焼きつけておくことをオススメする。