大谷翔平(エンゼルス)が打撃ケージに入ると、通訳の水原一平さんが必ず大谷の正面でスマートフォンを構える。打ち終えた大谷は、ケージの裏で撮ってもらった映像に見入り、次の順番が回ってくると、また水原さんが正面に立ってレンズを向ける。

その日も、そうだった。残り2週間ほどとなったシーズン終盤のデンバー遠征。大谷は3連戦のうち2試合でスタメンを外されるなど、不振にあえいでいた。全く見ないときもあるが、その日はよほど気になることがあったのか、打ち終わるたび、毎回のように映像を確認していた。

大谷はキャッチボールでさえ水原さんに撮影を頼むことがあるが、いずれにしてもそこには情報が詰まっている。今年に限っても、キャンプからずっと同じ位置からの映像が記録として残っているのである。映像の中の大谷は果たして、大谷自身の目にどう映り、感覚と実際の乖離(かいり)はそこにどう現れていたのか。

話が変わるが、今年は大谷以外にも、打率2割前後に苦しんだ好選手が多く、そのことは以前も触れた。原因としては、今季は60試合とシーズンが短く、打率の変動が激しいシーズン序盤にありがちな傾向と似た現象と捉えることもできたが、試合中に試合映像を見られなくなったことを理由に挙げる選手も少なくない。

ビデオルームが密になるのを避けるのと、映像を使ったアストロズのサイン盗み問題が尾を引き、その対策として、試合中の映像の確認が禁じられた結果だが、9月に入って不満をあらわにしたのはハビエル・バエズ(カブス)。2年前に打点王となった彼は今季、打率.203、出塁率.238、8本塁打、OPS(出塁率+長打率).599と低迷した。

「自分は試合中にビデオを見ながら、適応するタイプ。それができないのは厳しい」と話し、強く訴えた。「俺たちは誰も、サイン盗みなんてしていない。一切、ずるいことはしていない。なのにどうして、全員が代償を払わなければならないんだ」

同じような論を展開したのは、レイズのケビン・キャッシュ監督だ。「ペナルティーは、ルール違反を犯したチームだけに課されるべきだ」と主張し、クラブハウスで試合中継さえ見られないことを「ばかげている」と、大リーグの決定をこき下ろした。「最低の判断の一つ。今の時代、選手らは映像を使って試合中にアジャストを試みている。数チームが犯した愚かな間違いで、それを奪うなんて」

映像が試合の一部となって久しい。いきなりの禁止は、現場を知らないスーツ組の無知によるもの、とでも言いたげ。そのルールを守らせるため監視役を置いたことも、反発を招いた。

もちろん、影響を受けたのは打者だけではない。9月半ばのパドレス戦でメジャーに来てから最多の6四球を出した菊池雄星(マリナーズ)は試合中、「すごく(腕が)横振りになっている」と感じていたそう。

通常であれば、それはイニングの合間にビデオで確認して修正を図っていくことができる。菊池も「(ビデオを)見られれば、感覚のズレを認識しやすい」と話したが、それができないもどかしさをにじませた。「長いこと投げてきて、感覚でここを直さなきゃというのは分かっているので、もう少しそういう修正がすぐにできるようになりたい」

ここで大谷に話を戻すが、彼もまた、「個人的にはすごく(試合映像を)見る」とのこと。その目的は多岐にわたる。「実際に見送ったボールが、例えばどのコースなのか」

今年は見逃し三振が11あったが、そのうちの2球は厳密にいえばボール。4球はストライクともボールとも判定できるボーダーラインピッチ。大谷は「今年のストライクゾーンには苦しんだ」とも明かしたが、本来なら審判のストライクゾーンも確認した上で、次の打席に臨む。その手段を感覚だけに頼らざるを得なかった。

大谷はさらに「自分がどういうふうに打っているのか、できればそういうのを見たい」とも説明したが、それはバエズらとアプローチは同じ。しかも大谷の場合、指名打者なので、試合中に時間がある。これまではその時間を利用して問題などを把握し次につなげたが、そうした対策もこれまでとは違う形を強いられた。


日経
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64873240R11C20A0000000/