将棋の藤井聡太七段(17)が木村一基王位(47)に挑戦する第61期王位戦7番勝負が7月1日、愛知県豊橋市で開幕する。渡辺明棋聖(36)=棋王、王将=を相手に2勝0敗で王手を掛けている第91期棋聖戦5番勝負と同時進行するダブルタイトル戦で史上最年少タイトルを目指す。

 藤井が快進撃を続ける度、驚きや憧れとともに、胸の中にある誇りを自覚する男性がいる。棋士養成機関「奨励会」元三段の坂井信哉さん(27)は3年半前、三段リーグ時代に藤井と対戦し、勝利を飾っている。1度きりの勝負、たったひとつの白星でも今となっては付加価値のある「勝率10割」と言える。

 藤井が一気の王手を掛けた28日の棋聖戦第2局後、坂井さんがかつての対戦相手への思いを明かした。「(藤井が樹立した史上最多記録の)29連勝の時も同じことを思いましたけど、こんなに勝つなんて…と。3年半前より全然強くなっていますよね。強くなるスピードがケタ違いです。いずれタイトル戦に出て、タイトルを取ることにはなると思っていましたけど、まさかこんなに早く近づくなんて思いもしませんでした」

 2016年9月3日、奨励会三段リーグは最終日を迎えていた。12勝4敗のトップに立っていた藤井は同日午前の坂井さんとの一局に敗れ、一時的に四段昇段への黄信号が灯った。「今でもあの時の情景が浮かびます。すごく鮮明に覚えているんですよ。自分は三間飛車で藤井さんが居飛車の対抗形。藤井さんは途中からずっと一分将棋で指していました。最終盤で自玉を攻められたので『受けよう』と思ったんですけど、相手が藤井さんだったので嫌な予感がして回避したんです。進んでみると、受けていたら詰み筋があったことが分かって、頓死していました。逆に攻める手を指したら、気が付くと勝っていた」。終局後、14歳の悔しそうな表情を今も覚えている。「強さに魅せられてしまうくらい強かったですけど、私も三段ですからね。10回指せば2、3回は勝てるかな、くらいの感じではありました。今指したら…ですか? 飛車落ち(上位者が飛車なしで戦う圧倒的なハンデ戦)くらいでちょうどいいんじゃないでしょうか…。平手(ハンデなし)なら100局指して…いや、ちょっと分かりません」

 最終日、藤井は午後の一局を制し、通算13勝5敗で史上最年少(14歳2か月)の四段(棋士)昇段を果たした。「29連勝の時もそうですけど、負けの将棋を何回も逆転したり、絶対に負けられない将棋に勝っているのはすごいです」

 藤井が三段リーグに在籍したのは、即昇段を決めた1期のみ。あのリーグで天才少年に勝った5人のうち4人(谷合廣紀、山本博志、本田奎、西田拓也)は後に四段(棋士)昇段を果たしている。坂井さんは昨夏、年齢制限後の勝ち越し規定をクリアできずに退会した。現在はプログラミングを学びながら新しい人生への希望を見つめている。「すごく申し訳ないんですけど…自己紹介する時に『藤井さんに勝ったことがあるんですよ』って使わせてもらったりします(笑い)。やはり一般の方に通じるので」

 今はもう将棋を指していない。プロの将棋の棋譜を熱心に追い掛けることもしなくなった。「でも、将棋が嫌いになったわけじゃないんです。将棋が好きだから、ちょっと見ちゃうと他のことが出来なくなっちゃうんです」。形は違うが、藤井も坂井さんも将棋を想う心は不変だ。「少し落ち着いたらアマチュア大会とかにも出られたらいいですね」

 1勝0敗。藤井が永遠に勝つことの出来ない人は「同世代で仲の良い棋士もたくさんいますし、同門の本田奎五段や斎藤明日斗四段も頑張ってる。みんな頑張ってほしいな…と思う中で、やはり藤井さんには早くタイトルを取ってほしいなと思います」と言った。

 藤井が輝けば輝くほど、坂井さんの胸にある誇りにも特別な光が宿る。(北野 新太)

 ◆坂井 信哉(さかい・しんや)1992年8月7日、東京都杉並区生まれ。27歳。小学6年の時、宮田利男八段門下で奨励会入り。12年、三段昇段。三段リーグでは12勝6敗の好成績を2度残すも、四段昇段を果たせず19年に退会。振り飛車党。

2020年6月30日 11時53分スポーツ報知
https://hochi.news/articles/20200630-OHT1T50086.html