【サッカー】「日本のチームに行く話もあった」 オランダの英雄フリット、Jリーグ創設時の噂に言及 [砂漠のマスカレード★]
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「BBC」でチェルシーに移籍した1995年当時を回顧
元オランダ代表FWルート・フリット氏が、イタリアからイングランドに渡ったのは25年も前のことだ。
当時はセリエAが世界最高峰のリーグであり、プレミアリーグは現在ほどの盛り上がりを見せていなかった。
キャリアの晩年でチェルシーへ移籍したフリット氏が、英公共放送「BBC」で当時を振り返っている。
フリット氏は自身がイングランドに渡った1995年が、プレミアリーグにとって一つの転機になったと語っている。
「あの夏は、もしかしたらプレミアリーグが現在のように変わっていく第一歩だったかもしれない。
当時はイタリアが王様だった。最高の選手は、みんなそこにいた。
イングランドは欧州でトップレベルに戻るために、海外から多くの選手を獲得しようとした。
デニス・ベルカンプ、ダビド・ジノラ、ジュニーニョ(・パウリスタ)は、私と同じ時にイングランドに来たんだ。
私個人としては、冒険という感覚だったね。もうすぐ33歳になる時で、長きにわたってトップでプレーを続け、多くのものを勝ち取ってきた。
なかには、引退後に備えて年金を稼ぎに来たと思った人もいたかもしれない。でも、彼らは間違っていたね」
1995年というと、日本のJリーグができて間もない頃。
欧州ではフリットの日本行きも噂されていたという。
だが、「チェルシーはパラダイスだった」というフリット氏は、他クラブとの交渉が進展していなかったことを明かしている。
「新聞では、いろいろな国のいろいろなチームへの移籍が報じられた。
バイエルン・ミュンヘンは一つだったし、ガラタサライもあった。モナコ、フェイエノールト、さらには日本のチームへ行くという話さえ出ていたね。
でも、どのクラブとも話し合いをしていない。1995年の5月にミラノで(当時チェルシー監督の)グレン(・ホドル)と会い、契約することを決めたんだ」と、説明している。
選手年俸の高騰にも意見 「多くの金額を貰い過ぎている選手がいる」
それまで黄金時代を過ごしたACミランやサンプドリアでは、攻撃的なポジションでプレーしていたフリット氏だが、
チェルシーではスイーパーの位置でプレーした。これは、彼自身の提案によるものだったという。
「チェルシーでスイーパーとしてプレーするように言ったのは、グレンじゃないんだ。
あれは加入する際、私が提案したんだ。攻撃的MFとしてプレーしていたイタリア時代とは異なり、後ろでプレーしたかったんだ。キャリアの最初は、あのポジションを務めていて大好きだったからね」
だが当時、“キック・アンド・ラッシュ”が主流だったイングランドで、ボールをつなぐことを望むフリットのスタイルは、受け入れられなかったという。
「問題は、私は当時のプレミアリーグであのポジションを務めるには、適していなかったんだよ。
ロングボールがペナルティーエリア内に蹴られてくると、私はそれを胸でトラップして、そこから組み立てようと周囲を見渡すんだ。
するとグレンに『ルディ(フリットの愛称)、ノー、ノー、ノー。
君がやりたいことは理解できるよ。でも、他のDFが困ってしまうんだ』と、注意されたんだ。
今のプレミアリーグのDFは、最終ラインから組み立てようとしているから、現在なら機能しただろうけどね」
その後、チェルシーで選手兼監督を務め、解任された後には、ニューカッスルを率いたフリット氏は、新型コロナウイルスによる被害拡大は、クラブが経営面を見つめ直すタイミングだと感じているという。
「私からすると、今のイングランドには、それほど上手くもないのに、あまりにも多くの金額を貰い過ぎている選手がいる。
大スターが、大金を得るのはOKだ。でも、そこにかすりもしない者も、大金をもらっている。
お金はプレミアリーグを良い意味で変えてきた。
でも、こうした事態が再び起きて、現在と同じ金額を使い続けていれば、多くのクラブは破産するだろう。気を付けなければいけないし、やり方を変えるべきかもしれないね」
イングランドのサッカー界に、少なくない影響を与えたフリット氏。「イングランドに行ったことを少しも後悔していないよ」と言う彼が、もしJリーグに来ていたら、日本のサッカーの歴史も、また変わっていたかもしれない
https://news.yahoo.co.jp/articles/efd0480eb060a48cd8175ddb1835f593cf1ea671
6/9(火) 7:30配信
https://www.jiji.com/news/handmade/topic/d4_ftbnn/nth214-rgullit.jpg
https://image.middle-edge.jp/medium/ ボスマン判決が94年でそれまでサッカー選手が億の年俸もらうなんて有り得なかった
だから草創期のJリーグに大勢大物がやってきた 歴代ベスト選手(英国サッカー専門誌、2020年最新版)
https://www.fourfourtwo.com/gallery/50-greatest-footballers-all-time
*1位 リオネル・メッシ
*2位 ディエゴ・マラドーナ
*3位 ペレ
*4位 ヨハン・クライフ
*5位 クリスティアーノ・ロナウド
*6位 アルフレッド・ディステファノ
*7位 フランツ・ベッケンバウアー
*8位 ジネディーヌ・ジダン
*9位 フェレンツ・プスカシュ
10位 ロナウド
11位 ガリンシャ
12位 ミシェル・プラティニ
13位 マルコ・ファンバステン
14位 ジョージ・ベスト
15位 フランコ・バレージ
16位 ジーコ
17位 ゲルト・ミュラー
18位 ジュゼッペ・メアッツァ
19位 ボビー ・チャールトン
20位 パオロ・マルディーニ
21位 ロマーリオ
22位 レフ・ヤシン
23位 エウゼビオ
24位 ロナウジーニョ
25位 カルロス・アウベルト
26位 ヴァレンティーノ・マッツォーラ
27位 ボビー・ムーア
28位 ソクラテス
29位 レイモン・コパ
30位 ローター・マテウス
37位 ルート・フリット >>2
俺もグーリット走っているがフリットっていう揚げ物みたいな名前は知らん >>1
グーリットのピークはハーレム時代。
DFなのにガンガン点取ってた。 ミランが92-93までで
サンプドーリアに移って93-94にコパ・イタリア優勝
ミランの復帰要請を受けて94-95にいったん戻るも、シーズン途中にサンプヘ再復帰してオフにチェルシー
元々サンプ移籍時にリベロに入るんじゃないかって話はあったんだよな(固定番号ではなかった時代で、開幕すると4番をつけて中盤の自由人またはFWをやってた)
その後、グーリットがイングランドに去ったあと、サンプのエリクソン監督はミハイロヴィッチをリベロにコンバートしてるな
93-94の外国人はグーリット、プラット、ユーゴヴィッチ、カタネッチがいて
94-95はカタネッチに代わりミハイロヴィッチがローマから移ってきて、グーリットが途中復帰 kappaの広告でミランの写真のジャンプヘッドしたフリットの写真は
周りの相手チームの選手の頭がフリットの胸のあたりだったな
あの跳躍力は凄い ちょうどその時期にフリットからいきなりグーリットに呼び方が変わった。
だからおじさんはフリットと呼ぶんすよ 石塚ってそのころには和製フリットと呼ばれたとか呼ばれてなかったとか そういや南米テイストだった読売ヴェルディが突然オランダ化してたな
フリット呼ぶつもりだったんじゃね? インターミラノでプレイするグーリットも見たかったな
すげえセンタリングとか上げてただろう >>29
ミランのオランダトリオに対抗してインテルはドイツトリオだったな。 グーリットかフリットか、何年経ったら決まるんだよw 本人が揚げモンじゃねーって言ってんだからフリット使うの止めたら良いのに。 >>34
オランダ語と英語の発音の違いだろ
Naomi Osakaだって英語だとネオミ
Abeも英語だとエイブ \ /: : : : : :ハl\; : ト、: : : : : : : : : :.:\ / /
\ /: : : : : :> \l \ト、: : : : : : : : \ /
/^ヽ: : : :/ \ト、: : : : : : :\ /
\ \ / ヘ |: : :/ \: : : : : : /、 _ -‐ ´
\. / /ノ: :/ ヘ | `\:\ーヽ -‐'"´
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\: .ソ厶/ /<tj ヽ. ′ノ -‐‐‐‐ "´
_/^7 .// / \ ` ´ / 強いられているんだ!!
//レ′{ / 、 / /
____/ |. ヽ/ ._ -‐ _ - ´ ノ
/ 八 l \ |^l ヽ ` -、_ ./ `゙ ー- 、_
{ \ '、 \\__ 〉/ / \ `゙ ー- _
| ヽ ヽ\`‐---‐'´ ,. ィ´} \
| \ \  ̄ / / .|\ \ \ ユーロ88優勝スタメン
ファン・ブロイケレン
フランク・ライカールト
ファン・ティフェレン
ファン・アーレ
ミューレン
ロナルド・クーマン
エルウィン・クーマン
ヤン・ボータース
フェラルド・ファネンブルク
ルート・フリット
マルコ・ファンバステン >>39
ファネンブルクは磐田に来たのに、そんなに大物扱いされてなかったな >>40
ガンバにいたプロタソフが
ユーロの決勝にいたなあの辺も大物 >>39
キングカズとジェノアでチームメイトだったファントシップも優勝メンバーだったな この人の適正ポジションってどこ?
CF?セカンドトップ?右のウイング?攻撃的MF?リベロ? とりあえずダイビングヘッドやらせたら右に出るものいない この人のおかげでFWや攻撃的MFが背番号4をつけても全く違和感がない 94-95の名古屋はかなり攻めてたんだよな
監督はまずヒディンクやカペッロ、テレ サンターナにオファーしたりして
妥協して獲ったのがベンゲル
選手もシーフォやグーリッド、マテウス、ライーなんかにオファーしてダメで
妥協して獲ったのがストイコビッチ 今のオランダってデリフトやファンダイクがいるけど
昔のメンツに比べたら明らかに今のオランダは小粒に思える
そのぐらい昔のオランダは華やかだった 98年頃のオランダはヤバすぎたね
ベルカンプやヴィンター世代と
クライフェルトやセードルフ世代
新旧レジェンドの共演的な ゼンデンとかダーヴィッツ
コクーあたりでも脇役だったしな 初めてトヨタカップをテレビで見た時にミランにフリットが居てその髪型とプレイに小学生だか中学生の頃の俺は衝撃を受けた
そういえばフリットの別居中だった妻(ヨハンクライフの姪)とK1でも有名だったバダハリが不倫してたんだっけ 唐揚げのフリッターみたいだからフリット読みは嫌って言ってたな
その後からメディアがグーリットとか多く書くようになった 88EURO
――――― ファン・バステン ―――――
― Eクーマン ―――― フリット ――
ミューレン ――― ファネンブルグ
―――――― ボウタース ―――――
ファン・ティヘレン ―――― ファン・アーレ
―――― Rクーマン ライカールト ――
――――― ファン・ブロイケレン ――― 創成期のJは本当に豪華なメンツだったな
経済がダメにならなきゃJも辺境にならなかったのかなあ 全くサッカー人気の無い日本でCMに出たり
漫画でオランダ帰りの和製フリットが出たり
高校生が和製フリットと持て囃されたり
90年前後のフリットは当時の日本のサッカー事情を考えると特別なスターだったな ボソッと一言を頼りに頑張ってスレ立てしました。
みたいなスレ >>59
キャプテン翼にも謎に本人登場してるしな
日本ではマラドーナやプラティニなんかに比べたらそこまで有名な選手じゃ無かったのに
謎な優遇感 パンツがピチピチで太もも丸出しの時代だったからこそ
フリットの凄さが素人にもわかった
やっぱメッシやクリロナもその太腿のビジュアルをもっと見せるべき >>11
こういうの見ると、サカつくやりたくなってくる。 フリットロッシスタースター
イギータゾフスタースター
これがわかる方は少ないだろうな… >>11
メッシとかバルサ専用機じゃん
嵩上げし過ぎ >>52
98年はフランスvsオランダのファイナルが見たかった。ブラジルは邪魔だったw >>59
マラドーナのライバルとしてフリット持ち上げたらロベルトバッジョが出現したでござるの巻 >>4
子供の時に旅行で行った外国で買ってもらったこのユニフォーム、未だに大事に持ってるよ
宝物だぜ >>49
開幕前にマラドーナ取りかけてたぐらいだからね いい加減に
グーリットなのかフリットなのかはっきりさせようや フリットが俺は揚げ物じゃないぞ
グーリッドだ発言は有名だったな こういう何種類も読み方ある名前はどんな原理なの?
スナイデルとスナイダー
ヴィンテルとヴィンター
シードルフとセードルフ
クライファートとクライフェルト
割とオランダに多い
例えば日本人で鈴木たかしって名前の人がいても
鈴木たかしは鈴木たかしで変わりようないじゃん >>76
例えば、同じ漢字を使っていても日本・中国・韓国ではそれぞれ読み方が違うでしょ。
欧州でもなんとなく似たような字や単語を使っていても国や民族や文化が違うと読み方が違ったりする。 障害者トイレでセックスしまくってた奴が 今後TV出れる事有るのか???
軽犯罪者としか見れないんだが
あと女って便所でセックスしてたチンポを入れれるのか? オランダリーグ時代はリベロで25得点とか獲ってた位(リベロって言うと言われる選手はほぼスイーパー
で守備の統率者だけど、ゲーム、漫画で出てた様なフリーマン的な本当に自由な役割のリベロ)、
物凄い得点力だったみたいだけど、それでJリーグで観て見たかった。 ソルスチェアーとソルスキアとスールシャール
デサイーとドゥサイイー >>76
オランダには日本語には表記できない発音があるっつうのもあるけど、メディア媒体各々で表記の基準があってそれによってバラつきがある
あとはその雑誌なりのどれかをそのままウイニングイレブンが採用して定着して覚えられちゃったとか
名前の表記は非常に奥深いよ 例えばこのフリットの実際の発音はフとクの中間みたいな感じで、日本語には無いもの
フリットはイタリア語で揚げ物って意味になっちゃうのを嫌がった本人が、そう呼ばれるぐらいなら当時イタリアリーグに所属していて実際そこでもそう呼ばれていたローマ字読みでグーリットにしてくれっつったのが経緯の1つ >>15
知っているのと走っているのを同列で語ってドヤ顔してるバカ発見 新聞に根も葉もない噂が出たって話か、交渉すらしとらんやん >>67
そうなんだよね、JALのCMの人→トヨタカップで観れる、だったんだよ
ACミランこそが至高の時代だった
だからこそ日本人のケイスケホンダがミランに入ってしかも背番号10、はウソみたいな現実なんだよね、当時の雰囲気を知ってるものとすれば 今やプレミア2部の選手の平均給与が2億くらいはあるんだったか。
フリットがチェルシーでいくら貰ってたか知らんが、多分これくらいだろ 韓国人が日本語の「ざじずぜぞ」が言えないようなものか >>89
全くもって同意です。スポーツ選手は野球一辺倒のテレビ界の中に垢抜けたフットボーラーが突然現れた。ビーボより美味いのはビーボだけのマラドーナCMはあったけどマラドーナはかっこ良くはなかった。
当時はフットボーラーとは言わなかったけどね、サッカーマンwなる言葉はあった。
ユーロ88でのドレッドヘアなびかせ駆け上がる姿のCMは衝撃的だったな。御茶の間のほぼ100%が誰この黒人?だっただろうけどね。 クリスマススターズでカズがミラン相手にアシストして
グーリッドが抱きついてきたのは興奮したな
あのグーリッドご もうクラッキーが基準でいいよ
セレソン戦の時はホナウジーニョ、バルサの時はロナルディーニョって感じで使い分けてたし WOWOWでやってたころのセリエAほんとスター揃いだったな
子供んときの記憶でもそこそこ鮮明だったわ 時代がようやくフリットに追い付いてきたスイーパーフリット。 >>97
当時のミランは海外サッカー入門編みたいな感あったからな
それにしてもボスマン以降の欧州サッカー界激変の流れは早かったわ ホナウジーニョ
ヒバウド
ホナウド
ホベカル
クライフェルト
ソルスキア
ハドリアーノ
スナイダー
この辺はサッカー通アピールするのに最適だった
これだけでにわかサッカーファン女4人食った ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています