【F1】”6輪F1”ティレルP34が鈴鹿を走行 サウンド・オブ・エンジンが開催
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2019年の鈴鹿サウンドオフエンジンが初日を迎え、鈴鹿サーキットに懐かしの名レーシングカーが多数集結。ファンの前で
そのエンジンサウンドと走りを披露した。
鈴鹿サウンドオブエンジン初日の11月16日(土)は、「たいれる6輪」の愛称で知られるティレルP34をはじめ、往年のF1マシン、
Group Cカー、1960年代の日本のモータースポーツ黎明期を駆け抜けたスポーツカー、MotoGPマシンなど100台以上が
鈴鹿サーキットに集結し、デモランやデモレースを開催。ファンの前で懐かしの走り、懐かしのエンジンサウンドを披露した。
中でも一番人気だったのはやはりティレルP34。1976年にデビューしたこのF1マシンは、空気抵抗を減らす目的でフロントタイヤに
小径のモノを採用し、さらにグリップダウンを補うために2輪増やして6輪とした異色のマシン。当時日本ではスーパーカーブームの
真っ只中で、同年富士スピードウェイでF1が日本初開催(F1グランプリ・イン・ジャパン)されたこともあり、今でも記憶に残るマシン
として有名だ。
グリッドウォークでは人だかりでマシンが見えないほどの大人気。そしてティレルP34がコースインして走行を始めると大きな拍手が
湧き上がるほどだった。
ドライブを担当したのは、ミナルディの名手として活躍したピエル-ルイジ・マルティニ。ティレルP34の魅力に取り憑かれたマルティニは
現在ティレルP34のコレクターとして有名で、複数のP34を所有。そのうちの1台を鈴鹿サーキットに持ち込み、自らのドライブでファンの前で
その走りを披露した。
「飾るだけではかわいそう。F1マシンは走ってこそ意味がある」とマルティニ。それを日本のファンの前で実現した形だ。
レジェンドF1マシンは、他にも1981年のアルファロメオ179Cや1981年のロータス88Bなど11台が参加。Group Cは6台、60年代レーシングカーは22台。
他にもFL500やHistoric Formula Resister、MOTORCYCLE HERITAGEなど多数の走行イベントに加え、グランドスタンド手前のGPスクエアでは
レジェンドドライバー・ライダーによるトークショーも行われた。
鈴鹿サウンド・オブ・エンジンは17日(日)も引き続き開催される。
https://jp.motorsport.com/general/news/suzuka-circuit-2019-soud-of-engine-saturday/4598060/
画像
https://cdn-1.motorsport.com/images/amp/6AEmb316/s6/lotus78-benetton-b190-lotus101.jpg タイレルフォードサーティーフォーって
呼んでた気がする >>22
ティレル003
ティレルP34
ティレル019 >>1
これのラジコンをタミヤ模型が販売してたが
当時はポルシェ936ターボの方が売れてた ケンおじさんと柴田恭兵が日本信販のCM
やってた頃が懐かしい ポンペイ・ブラッドとか
六太登さんの漫画とかなんか記憶にある >>37
タイレル用のサンドイッチタイヤあったっけ? >>98
聴きたいのはミハイルのベネトンの黄色いマシンの走行中のエンジン音 中嶋悟が乗ってた頃のフロントウィングが大好きだった _八_ >>107
君らその話懐かしすぎる
俺の記憶ではp34用のサンドイッチタイヤはオプションでもなかったと思う
あれは最高にカッコよかったけど遅いし曲がらないしでレースでは勝てなかったなあ…
本物と同じだよw
スポンジタイヤにしたり無理やり4輪に改造したりしたけど結局aykに乗り換えた
aykは物凄く速かったー しかしこれ、田宮模型所蔵のやつを走らせたのかと思ってたら
マルティニが自分のコレクション持ってきたのか
すげえな! 後輪が四輪ある六輪車あったよな
あれはどういう理屈なんだろう >>90
逆に当時日本ではタイレルと呼ばれてたから平仮名でそう入れたんじゃなかった? ピーターソンてサイドウェイロニー言われるくらいドリフトやっとったそうだが、
これでドリフトって想像つかねぇな… >>119
>>16の映画を観たらいいよ。
「F1グランプリ 栄光の男たち」
本編は字幕だけど、副音声の今宮さん、森脇さんの解説も面白い。
コーナーは滑らせるのが基本だった時代。 片山右京が表彰台に上がった頃のF1は最高に面白かった
今のF1はルールがころころ変わってつまらん 右京の頃のかな、キャビンカラーのF3000も走ってたな
ニッコーのセミデラコンで出てたな。左しか曲がらないやつ。 >>10
「フットボールの鷹」なら知っているが…。 これのリモコン持ってたわ
確か左にしか曲がらなかった >>116
一輪あたりのグリップを分散できるから全体のグリップ力が上がるとかかな? 6輪のタイレルと言えば、ドゥパイエなんだけど。
古いか(苦笑) >>87
76年の初年度はそこそこ速かった。優勝1回の他に表彰台の常連だった
翌年は・・・ そういえばバイアスタイヤのままなんだろうか
特殊なサイズだから特注なのはもともとだけど タミヤが各チームときっちりと版権契約を結ぶようになって、それぞれおいしい思いをできた
まあ、その結果がいまのフェラーリの増長ですよ P34は76年・77年の富士で行われたF1でもドゥパイエが2年連続で表彰台の一角をゲットした
日本にも縁のある車だしな。 三大呼び名がが変わったモノ
タイレル → ティレル
アイレイ → アイラ
? ルパン三世パート1の頃だと、飛騨スピードウェイのとき「フェラーリ」でなく「フェラリー」と呼ばれてた。
1970年に富士の耐久レースにフェラーリが参戦した(ドライバーはハンドルで有名なMOMOの創始者)ときも
パドックには「フェラリー」と書かれていた。 >>131
鈴鹿のウェブサイトに詳しく書いてたよ
90年代にヒストリックレースに出るためにオーナーさんがオリジナルデザイナーのデレックガードナーを引き込んだ
1番の懸案のタイヤをエイボンが特製してくれたおかげで優勝したりしてるんだと
ラジアルかどうかはわからんけどラジアルかもね
>>136
デンオン→デノン
イバニーズ→アイバニーズ
クイーンズライチ→クイーンズライクとか >>127
そうすると前輪が四輪ある六輪車はどういう設計意図なんだろ 当時のタイヤはグリップが足りないから
タイヤ増やしてグリップ上げようとしたとか >>142
タイヤ系小さくして空気抵抗減らす→接地面積減った分を数を増やしてグリップ力をカバー
今でもフロントタイヤの空気抵抗ってかなり重要な要素で、昨今の複雑な構造のフロントウイングはフロントタイヤになるべく空気当てないようにするためのしくみ >>107
>>114
ご指摘ありんす。
ブラックカウンタックのサンドタイヤだけなぜか持ってるのでタイレル用もあったかと思ってたw >>132
今はロシアの兵器メーカーでも意匠使用料要求してくるw >>146
一応ググってみたw
やっぱり6輪用は見つからなかったけど今でもああいうパーツを大切にコレクションしてる人のページをいっぱい見つけて嬉しかったな >>12
だよね
1970年代
フェラーリとか
自前のエンジン作れるコンストラクター
対
フォードコスワースエンジン
を使ったコンストラクターの
シャシーのアイデア合戦
本当に面白かった ウェイン・レイニーがバイクに乗ったというのが感動
金かかるかもしれないけど、
スペンサー、ガードナー、ドゥーハン、シュワンツ、
マッケンジー、コシンスキー辺りも呼べばよかったのにw
TECH21カラーで平もw ティレルチームは今は巡り巡ってメルセデスチームになってるんだっけ 何時までこんな無駄なレースを続けるのだろうか
やるならガソリン制限10Lのスピードレースをしろよ
もう爆音レースは流行らないから 自分は80年代からしか知らないのでティレルが当たり前だったけど
当時はケン・ティレルのこともケン・タイレルと言ってたの? >>161
そうだよ
ペンスキーのこともペンスケって呼んでたな >>157
ティレル→BAR→三期ホンダワークス→ブラウンGP→メルセデスAMG
かな。 >>162
ありがとう
昔の欧米の人名は発音から表記まで結構カオスだよね
最近は現地読みに一番近い物で結構統一されているけど × ティレル
〇 タイレル
× マスタング
〇 ムスタング
× ティーガー
〇 ティーゲル
× パンター
〇 パンテル
× ジャック
〇 新マン
いい加減、間違ったカタカナ表記はやめて欲しいわ。 >>10
あれのWRC編が最高なんだよな
俺まちがえてサーキットの狼のWRC編を大人買いして泣きそうになった >>156
ガードナーは日本で捕まってるから無理。
コシンスキーはレース界と全く断絶してるから無理。
シュワンツは来なかったのが不思議。
呼ぶなら後はケビン・マギーだと思うな。
レイニー→マルボロ
ケニー→ヤマハ黄色ストロボ
ローソン→ロスマンズ
だけでも感動的だった。 >>146
おれブラックじゃないカウンタックだったわ >>42
この型より後のJPSロータスのプラモ作ったけど
ほっそい金ラインのデカールは子供には無理ゲーだったわ 同級生みんなこのプラモ作ってたからブラバムBT44作った
色塗らなくていいから安上がり >>67
今の普通が普通じゃなくなる世界なんて沢山あるもんな >>166
× ジャガー
◯ ジャギュア
がない。やり直し >>16
四輪流れてるしすげーレース要素高いね
見てて楽しかったろうなあ >>161
富士のレースでボデーに「たいれる」と書いてた記憶が 歴代全てのF1マシンでレースさせたらセナプロストシューマッハの誰かがチャンピオンになるだろうな
ハミルトンとか現代のドライバーでは、
マニュアルのレーシングカーではバトルさえ出来ないと思う >>183
マニュアルとあとパワステ。
逆に超クイックな今の車だと昔の腕っ節で乗ってた世代には分が悪い
それ考えるとシューマッハが過渡期にずっと速かったんで最強かも。 >>176
ジャギュアと呼(読)んで良いのはグノタだけ… >>184
わからんよ
意外とジムクラークとかリントとか
逆にアロンソあたりが器用に葉巻型を乗りこなしそうな気もする >>150
そんな貴方がいることを知れてこちらも嬉しい >>169
シュワンツにも一緒に走って欲しかったねえ。
とは言ってもレジェンドチャンピオンライダーを3人も呼んでくれたんだからそれ以上贅沢は言えないか。 >>89
ピケは原音、ピケットは英語読みじゃないかな
>>93のダ・シルバは渡欧して省いただけ
>>95
ホッケンハイムでアルファロメオのテスト中だったかな
>>119
どっかにカウンター当ててる写真あったな
くっそ重いのによく滑らせてるわ 当時「ベストカー」だったかに寄稿してた日本人でF-1のエンジニアだかしてた人はセナを「エヤトン・センナ」って表記してたな… >>119
>>191
https://www.as-web.jp/f1/437889?all
――ドライビングに関して、他にはどんなことを憶えていますか?
「ひとつ憶えているのは、ものすごくコントローラブルだったことだ。
おそらく、ロングホイールベースであると同時にショートホイールベースでもあったからだと思う。
極端に言えば、ストレートでも4輪ドリフトに持ち込めるほどで、
しかもクルマを完全にコントロールすることができた。
弱点はよく壊れたことだね。フロントサスペンションユニットは、
走るたびにキャンバーを修正する必要があった。
剛性不足で全体が曲がったり、しなったりしていたからだ」 >>196
マジか
しかしP34/2はクソ重くて操縦性ももっと悪かったと思うんだけどな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています