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■「中国では昔から皆やってる」

五輪チケット転売の実態をさらに取材するため、筆者は中国のECサイトやフリマサイトをチェックした。すると、たしかに東京五輪チケットが数多く出品されていた(2〜3枚目写真参照)。日本国内のSNSやECサイトでは五輪チケットの出品が固く禁じられているが、中国系のサイトまでは取り締まりが行き届いていない、というのが現状のようだ。

筆者は、中国のECサイト『小紅書』(シャオホンシュ)で、正規価格30万円の開会式A席チケットが9万元(約136万円)で2枚出品されているのを発見。出品していたのは、東京在住の中国人・F氏だ。筆者は、「日本人で購入したい客がいるのでビジネスパートナーになりたい」と連絡し、会うことになった。

都内の喫茶店に現れたF氏は、メイクが濃いアラサーと思しき女性だった。開口一番、「もしかして大会組織委員会の人?」と疑う様子を見せる。こちらが否定すると、安心して話し始めた。

「私は上海出身で、来日して8年なの。不動産会社に勤めながら副業で転売をやってる。化粧品とか、医薬品とかね。五輪チケットは何人かの友だちに頼んで応募してもらったの。そしたら、そのうちの一人が開会式に当選した。売れたら彼女にも分け前は払うよ。他の競技のチケットを持ってる友だちもいるから、紹介しよっか? 知り合いには100万円以上儲けてる子が何人もいるんだから」

F氏のようにチケットの確保から転売までを自ら行うことは、中国では珍しいことでも何でもないという。

「中国では、『五輪といえば小遣い稼ぎのチャンス』っていうのが常識。北京五輪のときも、チケット転売で大金を得た人がたくさんいるって話がネット上で広まっていたし、ロンドン五輪や平昌(ピョンチャン)五輪でも、現地在住の中国人が儲けてた。転売チケットを買うような中国のお金持ちは、限られた人しかできない体験をして自慢するのが好き。五輪の人気競技をいい席で観戦するのはこの上ない名誉だから、カネに糸目をつけないのよ。

私は開催地が東京に決まった瞬間からこのときを待ってたの。周りでも、会社員や自営業の友だちが副業でやってるわ。組織に属せばピンハネされるから、個人でやったほうがいいでしょ。『並び屋』って言われる組織の応募要員をやるのは、基本的に学生とかお金のない人たちね」

F氏によると、中国人による五輪チケットの違法転売が横行しているのには、理由があるそうだ。

「中国国内でも、海外販売分として売られているチケットはあるわ。でも、『凱撒旅遊』(カイツェリュヨウ)っていう公式代理店が独占販売していて、すっごく高いの。むしろ転売チケットのほうが安いくらいよ。しかもこの代理店が売ってるチケットのほとんどは、航空券やホテル代込みのツアー商品。例えば? 卓球と水泳(飛び込み)のA席チケット+3泊分のホテルのパックで4万5800元(約69万円)よ。バカみたいに高いわ。なんで大会組織委員会は転売を禁止してるくせに、この代理店に独占販売を許すの? 信じらんない」

■取り締まりは不可能に近い

しかし、国内向け五輪チケットの外国人への転売行為は、本来チケットが割り当てられるはずの日本人や日本居住者から観戦の機会を奪うものだ。本誌は、大会組織委員会に取材を申し込み、現状に対する見解を聞いた。すると、「不正転売に関する把握内容・対応状況については個別にお答えしかねるが、海外での転売に関しては、各地域の国内オリンピック委員会や公式チケット販売業者と対策を講じているところで、今後も不正撲滅に向け働きかけていく」(大会組織委員会・戦略広報課)との回答が返ってきた。

はたして、こうした転売業者を取り締まる術(すべ)はあるのだろうか。高島総合法律事務所の理崎智英(りざきともひで)弁護士はこう語る。

「五輪チケットを元値より高額で転売すると、今年6月に施行された『チケット不正転売禁止法』により、1年以下の懲役か100万円以下の罰金、または両方が科せられる可能性があります。しかし実際にいくらでチケットが転売されたのかを立証するのは困難なうえ、転売に関わった中国人が日本に在住していない場合は、日本の法律である『チケット不正転売禁止法』で処罰することもできません」

いくら対策が難しいとはいえ、このまま中国への五輪チケット流出を放置するべきではない。