アマ時代の輝きを取り戻すことは、かなわなかった。

3日、西武の大石達也(30)が戦力外通告を受けた。2010年ドラフトで斎藤(日本ハム)、福井(楽天)とともに「早大三羽烏」ともてはやされ、最多の6球団が競合したものの、鳴かず飛ばず。
今季は、2試合で勝ち負けなしの防御率15・43。中継ぎとしてプロ9年で132試合に登板し、5勝6敗8セーブ、12ホールドという物足りない数字しか残せなかった。
現役は続行せず、引退する意向だという。

早大時代はMAX155キロの抑えとして活躍。
しかし、クジを引き当てた渡辺監督(当時、現GM)の「先発として大きく育てたい」という方針の下、1年目の春季キャンプから先発転向に取り組むことになった。

当時、西武は涌井(現ロッテ)や岸(現楽天)らが主力におり、一軍先発枠は極めて狭き門。大石は周囲に負けじと飛ばした結果、フォームを崩してしまった。プロで150キロを投げたことは一度もないままだった。

「大石は長年、右肩痛に悩まされていたが、入団当初から兆候はあったそうです。結局、西武は大石をリリーフで起用するのだが、それでは先発調整に取り組んだ1年目のキャンプは何だったのか。
最初から中継ぎで育てると判断していれば、もっと活躍したかもしれない。首脳陣の判断ミスでしょう」(球団OB)

先発転向については、大石の父・博美さんも日刊ゲンダイの取材に「最初は慣れたリリーフで使ってほしいんですけどね」と心配していた。

引退後は西武の球団職員として残るというが、球団のせめてもの罪滅ぼしか。剛速球右腕のプロ人生は真価を見せられぬまま、幕引きとなった。

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10/4(金) 12:00配信