【野球】「やまびこ打線」池田の主将・江上光治さん プロ断念は同級生・水野氏の言葉だった
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徳島・池田高校「やまびこ打線」の主軸として活躍した江上光治さん(54)が24日、TBS系ドキュメンタリー「バース・デイ」(土曜後5・00)に出演。
プロ入りを諦めた理由は同級生で、ドラフト1位で巨人に指名された水野雄仁氏(現巨人投手コーチ)に言われた言葉だったことを明かした。
江上さんは故蔦文也監督率いる池田で、82年夏、83年春と甲子園夏春連覇を果たし3年時には主将を務めた。
「周りの人は僕のことプロに行くと思っていた」と当時を振り返り、実際に3球団からスカウトがあったという。
しかし、自身がプロで活躍するというイメージができずに、1度だけ水野氏にそのことを相談。
「俺がプロに行くことってありえるかな?と聞いたら『今の江上の守備力だったら難しいだろ、同じ高校生っていうレベルで見ても江上はうまいほうじゃないよ』って言われて、
俺のプロはないなと決心がつきました」と断念の理由について話した。
現在は大学卒業後に入社した日本生命の大阪府内の支社で、法人担当部長として活躍している。
取引先の担当者から「甲子園の大ヒーロー」と称賛される模様も放送され、江上さんは、「野球を通じていい人生を送らせてもらって今の判断は間違っていなかった」と柔和な表情を浮かべていた
8/24(土) 18:40配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190824-00000193-spnannex-base 俺なんか小学校に新設されるという野球部の入団テスト(走力と肩)を受けに行ったら
「お前は3軍レベルだからもう来なくていいよ」と言われた
それ以来この世を恨むようになった いや志村はドラフト前にプロお断りで
さらに東京海上火災じゃなかったっけ?
ただ記憶には自信がない
645 大化の改新
710 平城京
794 平安京
1192 鎌倉幕府
1543 鉄砲伝来
1600 関ヶ原
1603 江戸幕府
1686 大政奉還
1894 日清戦争
1904 日露戦争
1914 第一次世界大戦
このくらいかな >>102
一番違うのは打撃じゃない?
入団後打撃が通用しないパターンが一番多いような 当時のエピソードとか聞く限り性格的にプロ向きじゃなかったと思うから正解だと思うわ 池田からプロに入って活躍したのは
畠山と水野くらいだろ。
やはり素質の問題だろうな。 プロ野球への憧れもあったが、蔦監督から
「プロで通用するような素材ではない」と反対され早稲田大に進んだ
https://www.topics.or.jp/articles/-/65319
この記事だと監督から反対されたって書いてあるけど
どれが真実なんだ? 懐かしい名前だな
当時小学生の俺からすればあの頃の池田の選手たちはそこらのプロ選手よりも大スターだった
はるばる池田町まで見に行ったわ 九州のバース 山之内
浦和のバース 鈴木健
愛知のバース 藤王
四国のバース 江上
東京のバース 清宮 水野がPLに負けた時、前の試合で頭に死球受けてフラフラで登板して、もう駄目だから四番打者だけは三振にしてやると4三振にした。
後日の検査ではヒビが入ってたらしいが >>104
志村は三井不動産だよ
自分の実力に自信がなかったのもあるけど、それ以上に体育会のノリがダメだったみたいだね
社会人になってからはクラブチームで投手兼監督とかやってた 水野って解説者やってるときは聞いててヒヤヒヤしたわ
実況担当アナが可哀相だったw >>108
たぶんどっちも本当。
蔦監督にも反対されたし、水野に相談しても無理だよって言われてるんだと思う 水野・江上・野中・藤王・三浦・香田・吉井・津野・仲田・小野・池山・渡辺・長嶋
あの年はこんなもんか >>1
柔和な表情だったかなぁ。プロへの憧れを若干含んでいたように感じた >>13
川相も高校までピッチャーだったのに
プロで内野手始めてショートで盟主になったからな 池田が弱くて山彦打線が幻想だったのが某チームの一年目コンビによって証明されてしまう 水野伝説は豪快だからな。
蔦監督も宿舎でも大目にみてたらしいし >>1
今なんかよく似てる選手、某球団にいないかw ふつう友達に進路相談されたら思ってなくても「お前ならやれるよ」
「チャレンジしてみろよ」って軽薄な後押しするもんだけどシビアだな >>13
むしろ守備こそセンスだろ
入団時に守備が下手だったのに練習して上手くなった例なんてほとんどないぞ
コンバートしたら上手くはまったという例ならあるけど 数週間前の消えた天才に守備の上手い子が出てたけど肩が弱くて社会人じゃ通用しなかったらしい 甲子園で活躍した三番の左スラッガーが後に大成したケースはない
津末しかり江上しかり >>119
長嶋は大卒だろ
同学年ってことなら古田とか小宮山とか佐々木誠とか他にもいろいろいる >>104
>1686 大政奉還
大政奉還早すぎィ! >>12
早実の荒木大輔から満塁ホームラン打ったな
その水野が甲子園で初めてホームランを打たれたのが
まだ1年生だったPLの桑田 水野は肩を壊さなければ巨人の三本柱は四本柱になって、その四番手くらいになれた
キャンプで先輩に荷物持たされて、右肩に担いだカバンがドアに引っかかって肩を壊して、
最後まで完治せず
真っ直ぐの強さとコントロールは桑田より上だったよ
野手投げであれだから、よほど地肩が強かった >>133
古田がドラフト前に小園を評して
学生の時なんかは『深いところを守れる俺って凄いでしょ』っていうのを見せたがるんだけど。
それだと前のボールにチャージしないとアウトにできないし、エラーも増えるって言ってたな
たぶん、それと同じで、町田くんも高校時代の守備位置だと、アウトだったのが社会人ではアウトにできなくなったんだろうね
西武の源田もプロに入って、アウトだと思ったのがセーフになることが多くて驚いたって言ってたし 全盛期でも今の松坂みたいな投げ方の水野にいわれてもなぁ >>113
徳島市内まで行けば昔でもあっただろうけど池田周辺には無いわな >>93
一流大学卒が多いからな、中には東大卒もいる。
そりゃ一流企業にも行けるわ。 >>142
水野って野手投げか?
むしろ胸を反らせて全身使って投手らしい投げ方だろ 早稲田行って日本生命で野球やってそして今は日本生命の部長だろ
誰もがうらやむ人生じゃないか 池田高校は魅力満点だった
それに比べてPLは気持ち悪かった >>93
早稲田大学野球部を四年間続けた人と
野球は高校までにして最初から早稲田大学の一般学生になった人はみんないい企業に就職した。
大学の野球部にいったん入ったけど、途中で野球部辞めた一人だけ就活苦労してドンキホーテに就職した。 >>150
投手は少し猫背で前に大きく体重移動するのが普通
水野はそっくり返ったまま強い球を投げていた
背筋とかよほど強いのか >>151
生保なんて仕事はつまらんから羨ましくはないな 俺の知り合いも桐蔭学園→慶應で活躍したけどプロ行かないで不動産屋に就職してたわ なんで水野はピッチャーでプロ行ったの
バッターとしてやってた方が良かったのでは >>4
ルーキーの年に肩脱臼か何かしただろたしか?
だから100球くらいしか投げれなくなってた >>156
そもそもそっくり反ったまま投げる野手なんていない
普通野手投げって言ったら前傾気味の姿勢で腕を伸ばさずにコンパクトに回す投げ方のことじゃね? >>162
何かチームメイトのドリンク運んで痛めたんだよな
スペの起源を辿ると水野になるのかな? 水野はコーチから投球フォーム直すように言われたけどあのフォームでしか投げれないってことで
最後まであのままだったらしい 水野は、面倒見がいいのか 人の人生の分岐点に関わるよな あの條辺を、うどん屋に転職させたのに関わってる 江上って典型的なスウェイヒッターだったろ。
いい加減なスカウトもいたもんだ。 当時の巨人投手陣達はバッティングのいい選手が揃っていて投手陣だけでスタメン固めてもそれなりに戦えるんじゃないかと話し合っていたそうだ
それぞれの打順、ポジションを話していたが水野の名前は誰からも出なかった
たまりかねた水野は「俺の打順は何番ですか?」と聞くと、他の投手達から「お前のような金属バット打ちでプロよ球は打てない」と言われたらしい
甲子園で猛威を奮った池田の選手のバッティングはプロでは通用しない
最高傑作の畠山で何とか 水野は阿南市出身で童貞卒業は中3の時、徳島のトルコで、池田入学後は昼休みに女子生徒と山の中でって話は有名だよな。 >現在は大学卒業後に入社した日本生命の大阪府内の支社で、法人担当部長として活躍している。
水野に感謝だな
本人より出世してるし
今思えば入社時期もよかった >>46
スリーボンドでやってたのまでは覚えてる
キャッチャーの黒須は……立教とか日産のはあれは別人か 池田って金属打ちの元祖だよね
木のバットのプロでは通用しない 池田なんて守備練習せずに打撃とウエートしかしてなかっただろ 金属バットは芯が広く反発力が高い
詰まりながら、泳ぎながら、脇を締めずに、ヘッドを走らせずにとかの打ち方は典型的な金属打ちだと思う 江上て大学でも主将やったけど4年次もスタメンではなくて
代打で出て来て盛り上げるような選手やった 田舎の公立高校の池田高校が設備充実の都会の高校に対抗するために何かに特化する
のは間違って無いと思うが
元プロ野球選手だった蔦監督がプロでは通用しないやり方で甲子園に行ったってのが
興味深いね >>54
それを受けてパロ野球ニュースで原の代打に水野ってのあった。王監督が「確実性!」って言いながら代打を告げるやつ。 >>19
大学行ってもドラフトに引っかからない程度の選手が、プロで通用するかよw >>13
多分それ某名監督の経験談じゃないかな。
絶対だめだと思ってたのに何年も続けさせたら突然覚醒したってやつ。 >>2 当時のパ・リーグで使ってくれそうなの南海くらいだろうけどその南海でも池田の先輩畠山イマイチだったしな 無理やったんちゃうの >>163
俺はお相手の方に一票だな。
ヒントは、野手投げ≠野手みたいな投げ方。
あんたが指してるのは後者のこと。
実際野手がマウンド上がると、お相手の説明みたいなイメージで投げてるケースが多い。卑近な例だと去年の金足農業のサード。
まぁ指導者でもごっちゃにしてるスラングではあるが。 >>55 だね 甲子園で活躍するわりにはプロ野球でモノになる選手が少ない >>89
そういや大昔は投手が肩を冷やすなんてとんでもない!みたいに言われてたなw >>63 荒木の 控え投手が
プロで 一番だったな
池田に ぼこられた しょぼそうな人が >>171
江川、西本はシーズンでホームラン2,3本打ってたからなあ なんで、優勝のとき、畠山はキャッチャーと抱き合わなかったんや?あれが不思議や プロもアマチュアもウエイトトレーニングって賛否あったよね。池田の躍進で、こぞって
取り入れられた。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています