【サッカー】 国歌斉唱で胸に手を当てる、なでしこジャパンに違和感
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<サッカー女子ワールドカップを見ていて驚いた、日本人選手の「胸に手」。愛国心を見せつけるアメリカ的習慣がなぜ、いつから取り入れられた?>
先日僕が映画を観ていたとき、登場人物の1人がかの有名なジョークを口にした――世界には2種類の人間がいる。世界を2種類の人間に分ける人間と、分けない人間だ。
その日、僕はちょうど、人間を、あるいは「国民」を2種類に分けて考えていたところだったので、この言葉には思わずハッとした。国歌斉唱のときに胸に手を当てる国もあれば、そうしない国もあるな、と。
そんなことを考えていたのは、サッカー女子ワールドカップ(W杯)で日本対オランダ戦を見ていたときだった(日本はこの試合で不運に見舞われ勝利を逃したが、それはここでは話題にしないでおく)。
試合開始前、僕はなでしこチームが『君が代』斉唱の間、右手を左胸に当てているのに気付いて驚いた。いつからこうなったのだろうか?
大まかにいえば、僕はこの「手を胸に置く」国々は警戒している。なんとなく、愛国心レベルが一段上がるように見えるからだ。いま危機にある国や、存在が脅かされている国(独立したのが比較的最近であるとか、巨大で脅威的な国と隣り合っているとか)の場合は、こうした行為を採用するだろうことも理解できる。
でもそうでない場合、特に昔からの伝統でもなく突然取り入れている場合は、この行為はあからさま過ぎるように見える。
どこの国がやっていてどこがやっていないか、リストにしたことはないが、僕が思うに西ヨーロッパの国々でこれを習慣にしているところはないようだ。オランダチームはやっていなかった。イギリス人もやらないし、僕だって絶対にしないだろう。
だが「胸に手を当てない」ことをもってして、これらの国々の愛国心を疑問視するということにはならない。むしろ、その愛国心をどう表現するか、そしてそれをある決まった形で表現することが要求・期待されているか、という問題だ。
<イングランド選手はバラバラ>
「胸に手を当てる」はアメリカの習慣であり、僕が以前にアメリカで暮らしていたとき、彼らの愛国心見せつけの度合いに違和感を覚えたものだった。例を挙げれば、国際試合だけではなく、ほとんどのプロスポーツの試合で国歌が流れるのも奇妙に感じた。アメリカを批判するとき、外国人だけでなくアメリカ人がアメリカ批判を口にするときでさえも、いかに気を使って発言する必要があるかを目の当たりにして、僕は衝撃を受けた。
1992年に僕が初めて日本に渡ったとき、君が代を斉唱する人がほとんどいないのは、独特な感じはするけど不自然とは思わなかった(あんなにゆっくりしたテンポの曲なら、上手に歌うのはそうそう簡単じゃないだろう)。
月日がたって、これは変化していったようだ。おそらく今、日本は「2種類」の「もう一方」のほうに足を踏み入れかけている。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190710-00010002-newsweek-int&p=2
>>2に続きます <歌う選手も、歌わない選手もいるイギリス>
個人的には、特別な事情でもない限りは、国歌斉唱(自国でも、他国のものでも)で起立するのは正しいことだと思う。自国の国歌で声を出して歌うか、黙って起立しているかは、個人の選択に任せるべきだろう。
これを強制すべきだとは思わないし、やらないからといって「大げさに騒ぎ立てる」のは間違っていると思う。僕なら絶対に、イギリス国歌を歌えと強制されたら抵抗するだろうし(そんな羽目にはなりたくない)、手を胸に置けと強いられても拒絶するだろう。
イングランドのサッカー選手を見てみれば、国歌を歌う選手もいれば、歌わない選手もいて、真剣な表情の選手も、笑顔の選手も、しきりに足踏みしている選手も(そわそわしているのか、試合に備えて体を動かしているのだろう)、注意深く耳を傾けて立つ選手も、ガムをクチャクチャしている選手もいる。こうした行動によって、画一的な行動規範に隠れて全選手が「埋没」するかわりに、選手の個性をいくらか「見る」ことができると思う。
ここ数年、アメリカではNFL選手だったコリン・キャパニックが国歌斉唱中の起立を拒否したことに端を発して激しい議論が巻き起こっている。正直に言って、僕は彼の行為をどうとらえればいいか分からない。
一方では、彼はこういう形で自らの考えを表明する権利があると思うものの、他方ではこんな手段が必ずしも正しいとはいえないのでは、と思ったりもする。
ここイギリスでいえば、僕が覚えている中で一番有名で似たような「物議を醸す」例は、1990年のサッカーW杯で国歌斉唱中、ポール・ガスコイン選手がちょうどテレビカメラに映されときに舌を突き出したことだろう。
国中が注目する重要な試合がまさに始まろうというところで、ガスコイン、愛称「ガッザ」はその空気を茶化さずにはいられなかったのだろう。
彼のこの行動が敬意を欠く、あるいは少なくとも愚かな行為だ、と考える人もいた。だがほとんどの人は、「ガッザでしょ?あのおバカの......」と笑って終わりだった。
おかしな話に聞こえるかもしれないが、こんなふうに誰かがちょっとばかげた道の外し方をし、人々がそれを大した問題にしないような国に生まれたことを、僕は誇りに思う。
コリン・ジョイス(ジャーナリスト) 手に胸を当てなくていい。戦時中でもやってないわ。普通に歌えばいいわ。 くだらねえ
胸に手を当てるのも自由だし当てないのも自由
なでしこは胸に手を当てたかったってだけだろ え、なにこれ。カズ世代の胸に国旗付けた話とか出てくると思ったのにただの無知な外国人のコラムか 日本ほど自国の国旗や国歌を目にしない国もないんだからこれくらいで目くじを建てる必要もないだろ 妻が夫に対して「主人」と呼称することを字義通りに真に受ける
アホな毛唐
ま、ニューズウィークなんてクソみたいな雑誌読む奴はホルホルしてんだろ どんなやり方にしろ、愛国心を見せる事が悪いのか?
すっげえ気持ち悪い記事だな 胸じゃなくてちぶさに手を当ててるんだろ?
正確に言えよ。 イエスも天皇もすべて洗脳
だからこだわる方がアホに見える 日本のオンナなんかなんも考えてないから
誰かがはじめてみんなやってるからやってるだけ 女子W杯で、お茶飲むセレブレーションされたら、侮辱だの怒りだの
大騒ぎするような国民には言われたくないよな。w こんな中学生レベルの糞みたいな記事書いてんじゃねーぞ 愛国心があると違和感w
とか
世間はお前らパヨクに一番違和感持っているのに >>5
イングランド代表がイギリス国歌歌わないのは意味が違うだろ >>1
コイツらいっつも違和感感じてんな
別の世界線の住人なんじゃねーの? ゆりかごとか薬指キスとかマネばかりだろ
別に国歌斉唱だけクレーム付けるな左翼w 意味不明すぎるwww
愛国心レベルが上がって何が悪いんだよwww 敬礼するよりはいいだろ。メキシコ代表が独特だった記憶がある あ?愛国心のなにが悪いんだよ
君が代にケチつけるやつって大体 あれ元々キリスト教から来てるのに、アホが真似して滑稽だわ パヨは外国人を使って叩くパターン好きね
コンプレックスの塊 国歌斉唱のタイミングでトイレに行ったり酒を準備する俺は非国民 >>27
自分は主人という言い方嫌いだわ
責任感持ちたくない女ほど、夫を「主人」と呼びたがる。 ドーハの時は袖か
昔の代表ユニは胸に日の丸付いてたな
胸に手を当てるのは実際いつからやってたんだろうか 外国人ジャーナリストみたいやね
どうも全体主義心配してるみたいだけど安心しな 今の日本は個人主義自己中自分勝手だらけだから
社会での行動や公衆道徳を見てればわかるよ
胸に手を当てるのもポーズだけ 脳内は何も考えてない 歌が終われば即自分優先で生きてる >>1
強制させるべきではないとか言ってんならケチ付けんな まぁどっちでもいいと思う
しかしいちいち書かんでもいい事を記事にする>>1は悪意あるキチガイ左翼で間違いない まあ、お前らは学校で君が代歌うどころか校歌も歌ってなかっただろうがな。 左巻きニューズウィークの記事だな
マスメディアのおかげで日本は周辺国が敵国である認知がようやく浸透しただけ、
書いているのイギリス人らしいけどヨーロッパのように民主国家に囲まれてる訳じゃない。 あれはマジで滑稽だわ
カズも浮いてたもんな
男子で真似するバカが出てこなくてほんとよかった 胸に手を当てるのに違和感を感じたことはない
国歌が流れてる最中に
肩組んでる連中には猛烈な違和感を感じる お前ら少しは検索しろ
感情論に走れば左翼と同じだぞ
この記事を書いた奴
朝日新聞と仲が良いみたいだな 自由、多様性を否定する偏狭思想
自分の思想に反するものをヘイトし糾弾する、まるでナチスのような メキシコの敬礼もしなくなっちゃったよな
あれ格好良かったのに >コリン・ジョイス(ジャーナリスト)
まず、外人が国歌斉唱に対して口出すなよ たしか昔カズもやってたな
この記者は何が気に食わんのかしらんが >>1
「アメリカを批判するとき、外国人だけでなくアメリカ人がアメリカ批判を口にするときでさえも、気を使って発言する必要がある」
アメリカだけで無くどの国でもそうだぞw ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています