国民栄誉賞受賞のアスリートが下着モデルに。トリンプのモデルとして丸山桂里奈が、ワコールのモデルとして吉田沙保里が抜擢された。
両人とも人気と実力を兼ね備えたアスリートとして活躍、今はフィールドを変えてバラエティやCMで引っ張りだこである。

海外では痩せぎすのモデルだけを賞賛する風潮は鳴りを潜め、どんな体型やサイズの女性にも広く門戸を開くブランドは好感を持って受け止められている。
そういう意味では、モデルの多様化というのは良いことなのだろう。以前もお笑い芸人の平野ノラが下着姿を披露して話題になった。
平野は40歳、丸山や吉田は36歳と、若いモデルばかりの業界にとっては画期的なことである。

しかし、丸山や吉田の下着姿を見たとき、何か不安な気持ちになった。
特に丸山がイベントで着ていたもんぺのようなボトムやがっしりした上半身、脇汗のしみた下着という全体のちぐはぐさ。
さらに脇を手で隠しているポーズの写真が出ていたが、どうにもコミカルな印象だ。どうやら脇毛の処理を忘れていたらしい。
下着のPRというよりも、服を忘れて来ちゃった丸山を見せられているように見えた。
トリンプ、これで本当に良かったのだろうか。

吉田に対しても、「ここまで来たか」という反応が多いように見受けられる。以前もメイクやファッションに気を使い始めた彼女に対し、バッシングの声は上がっていた。
それは理不尽にも思えるほどだったが、今回彼女の下着姿を見て、私もさすがに胸がざわざわしたのである。


吉田沙保里

確かに写真は綺麗だ。女性らしさと彼女らしい明るさが出ている。しかし、やはり丸山と同じく、下着よりも「脱いだ」衝撃が強い。
田さん、脱いじゃったの、という印象が強過ぎて、下着のPRになっていない気がするのである。

2人のアスリートが証明した、好感度という薬の副作用

丸山も吉田も、明るい健康的なアスリートということで好感度が高いのはわかる。何かと炎上しがちな昨今だが、2人ともスキャンダルには無縁だし、問題発言もほとんどない。
バラエティ慣れした今では丸山はおバカ、吉田はイケメンに目が無い結婚したいキャラといった、持ち味もわきまえて振舞っているのも素晴らしい。
ただ改めて思うのは、彼女たちの好感度の出どころは、女性としての肉体を否定したその精神性に強くあったのだということだ。

不条理な話だが、女性アスリートが現役時代、「女」を出すと異常に嫌われる。
たとえば、潮田玲子や安藤美姫に対する批判が多いのは、アスリートとしての精神より、女性としての肉体を意識した言動や衣装が多いからだろう。
その点で丸山や吉田は、世の中が思う「アスリートとしての健全な精神」を体現した女性として好感度を集めていた。
汗を流し、歯を食いしばり、結果を出してきたストイックさを買われていた。つまり、女よりも競技を優先する姿勢が人気の出どころだった。
それなのに女を前面に出した下着モデルをやってしまったら、好感度は湧いてこない。
むしろ「あれ、あなたもあっち側の女性だったの」という裏切られたような気持ちが湧いてくるだろう。

丸山や吉田にとっては、はっきり言って理不尽な心理である。彼女たちが悪いというより、起用側も好感度の出どころを見誤っていたのかと思う。

老若男女問わず、どんな体型や容姿の人でも、好きな格好をのびのびできる社会がいちばんだ。しかし、宣伝活動となると話は違う。
ブランドのイメージや、届けたいターゲットがどう思うかということに、気をつける必要が出てくる。

その意味では丸山も吉田も、ネームバリューはあるものの、下着のモデルとして適正だったかは疑問が残る。商品のターゲット女性たちに対してのケアももう少しあっても良かった。
脇を手で押さえて写真を撮る女性と同じ下着を、着たいと思う女性がどれほどいるだろうか。
そしてブランドだけでなく、丸山や吉田の「勘違いしちゃって」というイメージダウンも少なからずあったとすれば、いったい誰が得をした起用だったのか首をひねる。

炎上社会を生き抜くための、好感度という薬。確かに効果は強いけれども、使い方を間違えればとんでもない副作用が出ることを今回の騒動は教えてくれたのではないか。
タレントも、用法用量を正しく守ってお使いくださいと但し書きが必要になったのかもしれない。

(冨士海ネコ)

2019年7月7日 掲載

https://news.livedoor.com/article/detail/16734989/

2019年7月7日 6時0分 デイリー新潮