服部 幸應(はっとり ゆきお、1945年12月16日 - )
本名 染谷 幸彦(そめや ゆきひこ)

はじめは、「1561年(永禄4年)に発祥し、1885年(明治17年)に
日本に初めてカレーを紹介した『服部流割烹』[5]17代目家元[6]の孫」を
自称していたが、2007年(平成19年)9月に週刊誌 『週刊文春』[7]や
『日刊ゲンダイ』[8]などがそれを虚偽・ハッタリであると報道すると、
服部本人も自身に服部家との血縁関係はなく、「服部幸應」の名も
芸名のようなものであることを認めるに至った。
以降には経歴を修正する一方、自身が経営する服部学園卒業生に対しては、
『服部流割烹免許』と題した書状を交付している[要出典]。

また、これに先立つ2001年(平成13年)には、長年に渡って料理を指導・
評論してきた服部が調理師、専門調理師・調理技能士、ふぐ調理師、
製菓衛生師、栄養士免許など、関連する資格や免許を一切所持して
いないことが、報じられた[9]。