これはもう、事件である。

 圧巻のパフォーマンスで世界を驚かせる井上尚弥(大橋)がまたしてもやってくれた。

 7日、横浜アリーナで行われたワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)バンタム級準々決勝、WBA世界同級タイトルマッチで、王者の井上尚弥(大橋)は元WBAスーパー王者の挑戦者、フアン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)にわずか初回1分10秒でKO勝ち。同王座の初防衛に成功するとともに、WBSS準決勝に駒を進めた。

 こんな結末をまったく予想しなかったわけではない。さかのぼること5カ月前、井上はバンタム級進出初戦で、10年間無敗のWBA王者、ジェイミー・マクドネル(英)をわずか1分52秒で仕留めていたからだ。

 とはいえ、今回は久々に対戦するサウスポーであり、ラフファイトもいとわないパヤノが相手である。アマで528戦のキャリアを持ち、プロでも世界チャンピオンを経験している。

 何よりやりにくい曲者タイプだけに、苦戦とは言わぬまでも、フィニッシュまでにはそれなりに手こずるのではないか、と思われたのだが……。

■本人は映像を「50回くらい見た」。

 いったい何が起こったのか。映像を「50回くらい見た」という井上と、父の真吾トレーナーの言葉をもとに、試合を振り返ってみよう。

 右構えの井上と左構えのパヤノ。前に出した井上の左グローブと、パヤノの右グローブが触れ合う形だ。パヤノは左足を大きく後ろに引いた半身の構え。左グローブをしっかりアゴにつけ、井上の右を抜かりなく警戒した。

 先にパンチを出したのはパヤノだ。右ジャブを井上のボディに打ち込んだ。体を伸ばして打ち込む右ボディが、バックステップでかわす井上の腹にわずかに触れる。パヤノの踏み込みはなかなか鋭い。

■カウンターの右アッパーで変化が。

 さらにパヤノが右を出した瞬間、井上は右アッパーをカウンターで合わせた。これはヒットしなかったが、井上と真吾トレーナーはパヤノのわずかな変化に気が付いた。

「あれで勢いが止まった」(井上)、「パヤノに警戒心が生まれた」(真吾トレーナー)。

 井上がジワリと間合いを詰め、猫のような動作で左グローブをチョン、チョンとパヤノのグローブに当てていく。距離を測りながら、次なるパンチを打ち込む布石を打っていた。

「あの60秒ですごく駆け引きをしていた。パヤノは半身がきつかったから距離があって、どう当てていこうか、考えていたんです。それがあのアッパーで少し勢いが止まった。あそこでいけるというのがありました。(ジャブで)外から、外から、と意識をさせて……」(井上)

「同じ距離でピリピリと探り合っていた。パヤノも狙っていましたよ。左ストレートか、右なのか、何を狙っていたかは分からなかったけど、尚弥のほうが反応が速かった」(真吾トレーナー)

■「パーフェクトすぎたという感覚」

 井上はこれまでに強烈な左フックで何度も相手をキャンバスに沈めている。外からくる左フックは対戦相手にとって脅威だ。その外を意識させ、一気に内へ。井上は鋭く踏み込み、内側から左を差し込むと、パヤノは何かを合わせようとしていたのか、左ガードがアゴから離れる。

 井上がそのまま体を少しひねるようにして右ストレートをパヤノの顔面に打ち込む。刹那、パヤノの肉体はキャンバスに転がっていた。

 ジャブで視界を遮り、死角を作った上での右ストレート。身体をひねらなくてはならなかったのは、それだけ深く内側に踏み込んだからだ。繰り返し練習していたワンツーだった。

「パーフェクトすぎたという感覚。狙って、計算して入ったパンチです。普段は何で倒したのか覚えてないこともあるけど、昨日は試合が終わった直後もはっきり覚えていました。狙い定めたパンチでしたね」

 一瞬で戦闘能力を消滅させられたパヤノは立ち上がることができず、レフェリーに体を抱きかかえられた。横浜アリーナが大歓声に包まれる中、時間にして70秒のドラマは完結したのである。

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