>>108

小林秀雄って、文学史や文藝評論では
神さま扱いされてるけど鹿島茂の
『ドーダの人 小林秀雄』を読むとお前らネットの人間みたいw


・俺はお前らみたいな頭でっかちのインテリと違って女というものがわかってると自慢し 、
「女は俺の成熟する場所だった。書物に傍点をほどこしては この世を理解して行かう
とした俺の小癪な夢を一挙に破ってくれた」 とハッタリをかます。


鹿島
「まさにこの図々しさ、杜撰さが小林秀雄の評論の特徴をなしているのである。
すなわち、小林秀雄の評論というのは、たんなるサンプルにすぎない事例を
たった一つだけ持ち出しておいて、それを他のサンプルと
比較・検討・分析するという努力を払うこともなく、いきなり法則だと
言いくるめるのを特徴としているが、これは経験した女は
『長谷川泰子』一人なのに、『女一般』にすり替えるのとまったく同じ手口である」


「小林秀雄は、一人の女の理解に失敗したにもかかわらず『女』一般を理解したと
思い込んだときと同じ構造で、やがて、一人の作家や詩人をそのままの姿で個別的に
理解するという努力を怠りながら(というよりも初めから理解を放棄して)、
その作家や詩人についての身勝手なイメージをつくりあげておいて、
これを思いのままに裁断するという独善的道を選ぶことになるのだ」

「文芸評論に不可欠な、どんな対象であれ。いったんはその対象に寄り添って
本質を見据えてから要約・分析し、次にそれを歴史なり文化なりのより
大きなコンテクストの中においてなにか新しいものがあればこれを評価する
という基礎作業がまったく行われていないのである」。「