女子プロゴルフツアーマンシングウェアレディース東海クラシック最終日
(16日、愛知・新南愛知CC美浜C=6446ヤード、パー72)

10位から出た美人プロ香妻琴乃(26)=サマンサタバサ=が8バーディー、ボギーなしの64で回り、
通算15アンダーとしてプロ8年目でツアー初優勝を飾った(中略)。

64のビッグスコアをたたき出した香妻は単独首位でホールアウトしても集中力を切らさなかった。
プレーオフで再び想定されるフックラインをイメージして練習グリーンで静かにボールを転がした。
ホールアウトから約40分後。アン・ソンジュのバーディーパットが外れ、初Vの朗報が届くと、初めて緊張の糸と涙腺が緩んだ。

松村卓キャディー(45)に「ゴルフを続けていて良かったね」と祝福されると、うれし泣きした。
スランプ、腰痛、体重増…これまでの試練が脳裏に浮かび、大粒の涙が流れた。

「ゴルフが嫌いになった時もあった。昨年は(ツアー優先出場権を争う)3次予選会で失敗して、試合に出られないし、
7社もいるスポンサーさんにも申し訳ないし。それでも、どんなに成績が悪くても18ホールを歩いて応援してくれるファンがたくさんいた。
優勝しても泣くつもりはなかったんですけど、キャディーさんの言葉で泣いてしまいました。プロ8年目でやっと優勝できました」

3歳からゴルフを始め、ツアー23勝の横峯さくら(32)=エプソン=の父・良郎氏(58)が主宰する「めだかクラブ」で、
姉貴分のさくら、同学年の出水田大二郎(25)=TOSS=、弟の陣一朗(24)らと腕を磨いた。
2011年、プロテストに一発合格。14年にはサマンサタバサレディース、ミズノクラシックでプレーオフ惜敗と初優勝まであと一歩に迫った。
賞金ランクは19位に躍進し、初の賞金シードを獲得した。しかし、好事魔多し。順風満帆の同時期に長いトンネルに突入した。

絶好調だった14年の秋に腰痛を発症。「寝返りするときも痛いくらいだった」。パットも不調に陥り、16、17年は賞金シードを逃した。
今季もここまで賞金ランク84位と苦しんでいた。愛らしいルックスが人気の理由のひとつでもあったが、体重は4キロ増え
「太った、と言われることも多かった」と振り返る。
ツアーに帯同する父・尚樹さん(54)は「2人でやけ酒を飲むこともあった。多い時はハイボール20杯くらい飲んだ」と話す。

どん底の香妻を救ったのは、父とファンの応援だった。
尚樹さんは「ゴルフが悪くても命まで取られない」と常に前向きに話しかけた。
香妻は増えた体重を落とすため「週に2〜3回食べていた」というほど大好物のトンカツを約2か月間、絶っていたが、
昨夜(15日)、父は「カレーハウスCoCo壱番屋」であえてカツカレーを注文。「半分、食べな」とすすめた。
ストイックな娘の心をほぐし、カツで「勝つ」を呼び込んだ。

熱狂的、かつ研究熱心な一部のファンも香妻の力になった。好調時と不調時のパットの違いを尚樹さんを通じて指摘。
「悪いときは体とボールが離れていた。ボールと体を近づけて背筋を使ってストロークするとパットがよくなった」と香妻は明かした。

この日、最後まで攻撃的なゴルフを貫き、初優勝をもぎ取った裏には、出水田の存在があった。
幼なじみはRIZAP KBCオーガスタ(8月23〜26日)でツアー初優勝。「テレビの前で応援していた。
解説の方は『難しい17番はパーでしのいで、18番で勝負』と言っていましたが、大二郎は17番でバーディーを取って勝負を決めた。
攻撃的なゴルフがすごく印象に残った。きょう、私はパーでいい、と思ったホールはひとつもない。攻撃的なゴルフができました」。
香妻は幼なじみをファーストネームで呼びながら、うれしそうに話した。

小学生時代、めだかクラブでゴルフの練習だけではなく、川で泳いだり、木に登ったり、ほぼ毎日、一緒に過ごした。
その2人が1か月弱の間で、ともにツアー初優勝。「1週間前に今晩は大二郎とご飯を食べることになっていた。
お互いの優勝祝いになりました。おごってもらいますよ」と笑った。

ゴルフを始めて23年。「優勝する日が来たというのがすごくうれしい」。一時は嫌いになったゴルフがもっと好きになった。

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