上岡龍太郎ニンマリ、事件のその後

この騒動で、たかじんは『M10』を降板する。
ところが生放送で「味の素」という商品名を連呼したことから、味の素株式会社より感謝状と1000本の味の素がたかじんに贈られた。
さらに翌週、『上岡龍太郎にはダマされないぞ!』(フジテレビ系)にたかじんがゲスト出演した際は、
上岡のアイデアでセットに味の素のビンが敷き詰められた。上岡は「これならお前も怒らんやろ?」とドヤ笑顔を浮かべた。

味の素激昂事件の原因

たかじん本人や中山秀征がのちに語ったところによると、
味の素がなかったことは怒りの導火線に火をつけたきっかけに過ぎず、それ以前からたかじんと『M10』スタッフとの関係は悪化していた。

インターネットもない92年当時、東京のスタッフにとってたかじんは見たこともない謎のタレントだった

色付きレンズのメガネをかけ、ガラガラ声の関西弁でまくしたてる謎の中年タレントが印象の良いはずがない。
一方でたかじんには関西の視聴率男としてのプライドがあり、大物としてのふるまいを崩さなかった。
そんな状況から、たかじんとスタッフの間に不和が生じていった。

しかも味の素事件当日の調理アシスタントスタッフは、服部栄養専門学校の生徒だった。
放送業界とは関係のない料理業界の専門学校生が、突然「味の素はどこや?」とすごまれても答えられるはずもない。そして事件は起きた。

たかじん東京嫌いの真相

味の素激昂事件後、たかじんは極度に東京のテレビ界を嫌うようになる。
大阪で撮影される自身の番組に東京のタレントを呼ぶことはあっても、自分が東京の番組に出演することはなかった。
たかじんは東京という街や東京人を嫌いというわけではなく、東京のテレビ局とスタッフが嫌いだったようだ。その最大の原因は味の素激昂事件にあった。

ちなみに中山秀征によると、こんにゃくステークは味の素が入っていなくてもなかなか美味しかったという。