最初に言っておくと、筆者は「西野ジャパン3戦全敗予想」だった。

 日韓サッカー文化比較の観点からすると、ロシアW杯は準備過程から異例ずくめ。「予想不能」に陥った。

 '02年以降では、ほとんどの大会で日本代表の成績は安定していた。しかし韓国代表は度重なる監督解任などゴタゴタを起こしながらも最後に“巻いて”、本大会で日本の成績を僅かに上回る――そんなことの繰り返しだった。逆に南ア大会のみは日本のほうが準備段階の状況がひどかったが、成績では上回った(韓国は敗北で日本は引き分けだから)。

 しかし今大会の直前に限っていえば、「お互い酷い」という状況だった。

 ロシアで指揮を執った監督の就任時期は日本が2カ月前で、韓国が11カ月前。双方ともに成績はさっぱり振るわなかった。大会前の国内最後の壮行試合では、それぞれホームでW杯非出場国(ガーナとボスニア・ヘルツェゴビナ)に2点差負け。西野朗、シン・テヨン両監督ともに「本大会で使うかは分からない」という3バックを採用しての結果だった。

 両国ともに、ただただ状況を好転させるための“スイッチ”を押し続ける。それは選手起用か、フォーメーションか。分からないがやってみる。ありえない迷走、と受け取った。
「韓国は勝って美しく散り、日本は醜く勝ち残った」

 6月1日に韓国のチョンジュで行われた韓国vs.ボスニア・ヘルツェゴビナ戦を現地取材したが、幾度も韓国記者から「東アジア(韓国と日本)は終わったな」と声をかけられた。

 ほとんど「ヒドさ競争」の状況だった。

 どっちがヒドいか、嘆きあうという。

 長年両国のサッカーシーンを眺めてきて、そんなことは経験したことがなかった。

 だから、ここからの話は「手のひら返し」や「結果論」……そういったところだ。しかし歴史から、日本「突破」、韓国「敗退」の理由は見いだせる。

 もう1つ言うと、韓国の一角で言われている「韓国はドイツに勝って美しく散り、日本は醜く勝ち残った」といった議論も無用だと考える。

 日本はああいったパス回しができなかったから、“ドーハの悲劇”が起きたのだ。韓国とはサッカーの歴史が違う。

 筆者自身「日本らしいサッカー」の確立を切に願う立場でもあるが、サッカーは相手のあることだ。できないこともある。ならばできることをやる。そういうことだ。


日韓では、本大会初戦の最初の10分が違った。

 今回は結果もまた、異例だ。

 日韓両国が初めて同時にW杯に出場した'98年以降、ある点で日本と韓国の結果がはっきりと分かれたのだ。

 一方がグループリーグを突破し、一方が敗退したのははじめて。

 そこまでは突破、敗退の結果はすべて揃っていた。ちなみに日本が韓国の結果を上回ったのは南ア大会以来2度めだ。

 では、日韓の何が違ったのか。

 言ってしまえば、「本大会初戦の最初の10分が違った」。
“チームのピークがあったか、なかったか”

 日本はコロンビア相手に、韓国はスウェーデン相手に攻めに出た。日本は速攻から6分にPKを得て、相手MFを1人退場にさせた。韓国は2本のシュートが相手DFに当たり、ボールはポストの横を過ぎていった。

 その後の勢いが変わった。ただそこを論じるのはあまり得策ではない。ワールドカップまでの準備期間の4年間を“最初の10分”にフォーカスして考えるのは不釣り合いだ。

 しかし、そこの背景に何があったかは見るべきところだ。

 結果を見ると異例続きだったが、その過程では「より状況が悪くとも、直前まで変化を続けたほうが上回る」という法則は生きていた。

 西野、シン両監督の準備過程での大きな違いはこの点にあった。

 “チームのピークがあったか、なかったか”

 シン・テヨン監督のチームは昨年11月10日にホームでコロンビアに2-1で勝利した(サランスクでの結果と同じだ! )。

 就任5戦目で、そこまではW杯最終予選で2連続スコアレスドローにより辛くも突破、欧州遠征でロシア、モロッコに惨敗を喫していた。「韓国サッカーの凋落」と、チームへの批判は最高潮に達していた。