6月5日にブログで発表した『「invisible」という言葉を巡って』には思った以上に沢山の感想が寄せられました。
ありがとうございました。
 あれで終わりにしようと思っていたのですが、まぁ僕が語った趣旨がすぐにその通りに浸透するわけもなく…。
 国会の参院文科委員会で野党の議員が「(是枝に)直接祝意を表しては?現場をとても鼓舞する。総理に進言を」と
文科相に問いただしているやりとりを目にし、更にその後「林文科相が文科省に招いて祝福したいという意向を示した」と
伝えられたとNHKのニュースで目にしました。
他に多くの重要な案件がありながら、このような私事で限られた審議や新聞の紙面やテレビのニュースの時間を割いて頂くのも心苦しく、
もう一言だけ(笑)僕なりの考えを書いておくことにしました。

 実は受賞直後からいくつかの団体や自治体から今回の受賞を顕彰したいのだが、という問い合わせを頂きました。
有り難いのですが現在まで全てお断りさせて頂いております。先日のブログの中で僕はこう書きました。

 「大きな物語」に回収されていく状況の中で映画監督ができるのは、その「大きな物語」(右であれ左であれ)に対峙し、
その物語を相対化する多様な「小さな物語」を発信し続けることであり、それが結果的にその国の文化を豊かにするのだ

 もちろん、例えば敗戦からの復興の時期に黒澤明の『羅生門』がベニスで金獅子賞を獲得したことや、
神戸の震災のあとに活躍したオリックスの球団と選手を顕彰することの意味や価値を否定するものでは全くありません。
 しかし、映画がかつて、「国益」や「国策」と一体化し、大きな不幸を招いた過去の反省に立つならば、
大げさなようですがこのような「平時」においても公権力(それが保守でもリベラルでも)とは潔く距離を保つというのが
正しい振る舞いなのではないかと考えています。決して波風を立てたいわけではないので「断った」などとはあえて口にしないでおりましたが、

なかなかこの話題が収束しないようなので、本日ここに公にすることにいたします。なので、このことを巡る左右両派!のバトルは終わりにして頂きたい。
映画そのものについての賛否は是非継続して下さい。『万引き家族』明日公開です。「小さな物語」です。

 最後に一言だけ。今回の『万引き家族』は文化庁の助成金を頂いております。ありがとうございます。助かりました。
しかし、日本の映画産業の規模を考えるとまだまだ映画文化振興の為の予算は少ないです。
映画製作の「現場を鼓舞する」方法はこのような「祝意」以外の形で野党のみなさんも一緒にご検討頂ければ幸いです。以上。

http://www.kore-eda.com/message/20180607.html

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