【訃報】森田童子さん、4月に死去していた 65歳 「ドラマ「高校教師」主題歌「ぼくたちの失敗」、「たとえば僕が死んだら」がヒット ★2
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森田童子さん死去していた「高校教師」主題歌ヒット
2018年6月12日1時57分 日刊スポーツ
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201806120000007.html
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180612-00236070-nksports-ent
JASRACの会報。2018年4月24日逝去。65歳。
https://pbs.twimg.com/media/Dfap7uGU0AAeNf8.jpg
森田童子さん
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/06/11/jpeg/20180612s00041000019000p_view.jpg
ぼくたちの失敗
https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51s2lrV8zbL._SL500_.jpg
UNIVERSAL MUSIC JAPANのホームページより
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/img/201806120000007-w500_0.jpg
1976年(昭51)年に「ぼくたちの失敗」がヒットするなど、1970年代にシンガー・ソングライターとして活躍し、1983年(昭58)に引退した森田童子さん(もりた・どうじ=本名不明)が、4月24日に亡くなっていたことが11日、分かった。65歳だった。
日本音楽著作権協会(JASRAC)の会報に、訃報が掲載された。死因は明らかにされていない。
森田さんは、1975年(昭50)に「さよなら ぼくの
ともだち」でデビュー。若さとむなしさが充満する歌詞と、語り掛けるような歌声が特徴で「孤立無援の唄」や「男のくせに泣いてくれた」などヒット曲を出した。
ライブハウスを中心に活動を展開し、若者に支持されたが、83年に東京・新宿ロフトでの公演後、活動を休止した。明確な引退宣言はなかったが、引退後は主婦として暮らし、表舞台には出なかった。
その中、1993年(平5)に「ぼくたちの失敗」がTBSドラマ「高校教師」の主題歌となり再ブームを呼んだ。2016年には、最新技術でリマスターされたアルバム全集や全曲集の楽譜も出版されるなど、再び脚光を浴びていた。
◆森田童子(もりた・どうじ) 1952年(昭27)、東京生まれ。本名不明。芸名の由来は「笛吹童子」から。70年に学園闘争で友人が捕まったのを機に高校を中退し、歌手デビュー。
「マザー・スカイ」「ア・ボーイ」などのアルバムを出し、83年の「狼少年」を最後に結婚のため引退。
★1がたった時間:2018/06/12(火) 00:56:26.55
※前スレ
http://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1528732586/ とっくの昔に死んでいたとばっかり思っていたわ。死んでしまったから歌手活動出来なくなった尾崎豊と同じもんだと。
今まで生きていたことに驚きを隠せない 山崎ハコは土着的だな
森田童子が都会的とは言えないけど
しかし、引退して家庭に入って子供を持ってるて知った時にはびっくりした 「いつも君の後から長い影を踏んで、いつも君の後をついて行きたい」
このフレーズが好きだったな。 2016年にアルバム再販されてたんだな
昔は全部プレミアついてた >>533
あのー、そのとき既に平成大不況だったんですけど〜 >>100
団塊は強いからなw
ウチの親父は死んだけど 一応、一般人には非公表でも動向を押さえてる所あるんだな。
印税の処理とかあるからだろうが。 >>542
不況?
1993年のスキー場の客数は現在の3倍だよ。
あのジュリアナも実は93年が最も流行ってた。 最初有名人亡くなり過ぎない?
知名度高い人ばっかり >1976年(昭51)年に「ぼくたちの失敗」がヒット
そんな昔から歌ってたのか
「高校教師」の主題歌が再ブームとは知らなかった 学園闘争時代に友人が逮捕されて高校を中退する、
骨のある、自分で考えて行動する方だったんだな 男運には恵まれなかったようだな。「いつも行った事がないブラジルの話をしてくれたね」って薬でラリっている。^_^ >>507
脚本の野島伸司は前年の「愛という名のもとに」ってドラマの中で
岡林信康とか使ってたから
同じような感じでやったんだろうな と当時思った , - ― - 、
/ - - ヽ そんなことより、ウィンブルドンはよ
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(( (" ),〜.。" ) )) バリッ
`> ゜ < ボリッ
/ `ヽ
(  ̄ ̄ ̄ヽ ヽ
`ーT ̄|'`'`'`'`'`'`7|
| | 錦織 |、|
| | チップス( ̄ )
| | T´
| ム========ゝ
長者番付
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180606-00000058-jij-spo
「東京五輪金」と「4大大会優勝」どっちを選ぶ?
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180603-00025005-theanswer-spo >>536
チャーリーパーカーみつけたよ の後に
僕を忘れたかな とくるのがまた急に現実に戻されてぐっとくるんだよな
その後の だめになったぼく とは
学生運動の事かもしれないと思うと当時の文化と整合するね
天才だわ 音楽に関しては90年代の後半のヒット曲数と売上は「好景気?」の現在と比較できないほど
すごかったのは説明不要だろう。
「景気」と「国の基礎体力」は別物だ。 この手の歌が好きな人の気持ちはよーく分かるが、音楽にメッセージ性みたいなものを求めすぎて単純に楽しい音楽なんかを馬鹿にする傾向にあるのは嫌 上戸彩の高校教師で使われた淋しい雲が好きでたまに聴いてた
93年に出たベストには収録してないんだよな 関西国際空港は1994年に開港したよ。
横浜のランドマークタワーも1994年に完成だろ? >>542
不況ってもまだ金持ってる人多かったよ
2000年すぎてから皆貧乏になって格差社会になったイメージ 新見先生がお化けに押されてグモッ(^3^)/イーーン!!の香具師か 70年代にはガキだったので、今になって貪る様に
70年代の曲を聴いたりしてるが、未だに森田童子に関しては怖くて手が出しづらい
まあ、本人には罪はないけどアンチ野島ってのが根底にあるからかも知れないけど
改めてご冥福をお祈りします 名前は?
おーばまこと、7さい!
年まで訊いてへんねや、ガキ >>29
反町の愛人っていうか、恋人っていうかみたいな役で
ドラマの中で役格も結構高い役だよな お色気枠でも
なんでもなくて割りと普通に演技してるし、当時なんか困惑したわw 上戸彩の高校教師ってまったく印象に残ってないな
成宮ががんばってたなあというのが思い出せるぐらいだな
やっぱり駄目なんだな幸子じゃないと 高校教師でブームになっても復帰しなかったのか
金コマになってのこのこ復帰だの再結成だのするようなのとは精神構造違うんやな >>557
メッセージ性といえば、荒井由実のいちご白書をもう一度。 >1976年(昭51)年に「ぼくたちの失敗」がヒットするなど、
この頃にヒットしたの? 売り上げ枚数は?
全く記憶にないわ、ただこの人のレコードはレコード屋のインデックスにあったと思うから、
固定ファンはいたと思うが。
くだらないドラマの主題歌になって売れたんじゃないの? >>434
でも意外とメッセージある曲もある
今日までそして明日からとか人間なんては最たるものだと思うけどね
きっと旅の宿とかのイメージ強いんだろうけど >>535
その曲自体は歌詞を変えたものとはいえ、やってたときから20年くらい経ってるのに「森田童子」そのものだったよね
新しいファンに対する森田童子なりのファンサービスって感じがするけど、あれだけのものが作れるのにやらないってのも凄みがあるわ Jリーグが開業して
日本中がサッカーブームに沸いたのも1993年 懐かしいな
高校辞めたその足でギター片手に事務所に乗り込んできてさ
ロビーの片隅で延々と呪いのような歌を歌ってたのを今でも覚えてるわ
まさに天才そのものだった >>537
同じく死んだと思ってた
高校教師放送当時既に故人で、若くして亡くなった人だとばかり
ギターて感電死?かなんかしたとかなんとか >>440
どっちかに突き抜けちゃうと行動パターンが一緒になる。
思想が違うだけで。 >春のこもれ陽の中で
君のやさしさに
うもれていたぼくは
弱虫だったんだヨネ
狂おしいほどいい歌詞。きゅん…とするわ… ニューミュージックって言葉の響には都会的な洗練された音楽のニュアンスも含まれてるイメージがあるけど
拓郎の音楽には土着的なイメージが強いからピンとこない >>516
野島三部作と銘打ったドラマ達だからじゃない? 高校教師の主題歌の時にすでにリバイバルと言われてた人だからなぁ。
今のような第三者がカネや功名心で勝手に他人を晒し
強制的に表舞台に出さされる時代ではなかったし、
もう森田童子みたいなのは出ないというか出られないわなぁ。
顔も本名もわからず正式な引退時期もその後も不明で、
最期は死因も不明と。 >>573
単に引退した頃にはもうやる気なくしてたんじゃね?
90年代のリバイバルでほぼ何もせんでまとまった金が入ったし
その後も、配信とカラオケの印税で堀江淳の半分にしても年間100万ぐらいの安定した副収入
庶民生活なら、これで満足してて別段不思議でない >>579
今日までそして明日から は、岡林信康の今日をこえてじゃないかな?
と思ったぐらいだけどな 「伝説の歌手」森田童子よみがえる 最新リマスターCDや「全曲集」、36年前の「お宝動画」も
2016/11/18 08:00
https://www.j-cast.com/trend/2016/11/18283723.html?p=all 自殺願望半端ない若者だったんだろうな。今でもこんな若い路上ミュージシャンいるわ。
まあ大人になり人間力ついて明るくなり普通の幸せを手に入れたんだろうな >>557
それは何か違うなあ
いわゆる「メッセージ性のある歌」なんか嫌いだけどね
森田童子は真逆だし、声やメロディなんかも全部まとめて森田童子の世界だから良いんで Googleで検索すると
綺麗なお姉さんがでるんだけど。
本人? >>592
歌詞が人間の本質剥き出しでいいんだよ
わかっていても中々変われない様がよく表れてる 数曲の歌詞見てきたらやばいメンタルにもってかれそうだった
すごいなこの人 >>588
なんか言ってたな
視聴者的な野島三部作は
ひとつ屋根の下
愛という名のもとに
101回目のプロポーズ
って江口三部作かw >>601
まあそういう意味では 人生を語らず はわりと好きだけどね >>507
現役活動中も売れてないし、ましてや高校教師の時は引退して何年も経ってたから本当「誰それ?」状態だった。
しかも本人一切素性明かさないからミステリアス感半端なかった。
普通、引退してても高校教師の時にあれだけヒットしたら、それキッカケに表舞台に出てくるようなもんだけど、そういうことも一切ないし、自己顕示欲で音楽やってたというより表現の手段の一つとして音楽やってたんだなって感じ。 1976年のヒット曲
子門真人「およげ!たいやきくん」
ダニエル・ブーン「ビューティフル・サンデー」
都はるみ「北の宿から」
太田裕美「木綿のハンカチーフ」
中村雅俊「俺たちの旅」
山口百恵「横須賀ストーリー」
イルカ「なごり雪」
斎藤こず恵「山口さんちのツトム君」
岩崎宏美「センチメンタル」
キャンディーズ「春一番」
桜田淳子「夏にご用心」
グレープ「無縁坂」
バンバン「『いちご白書』をもう一度」
↑こんな中で「森田童子がヒットしていました」と言われてもピンとこないんだけど。
いちおうリアルタイマーなんだけど。 >>604
え?江口??w
野島三部作は、高校教師、人間・失格、聖者の行進か未成年どちらか
当時の野島と伊藤プロデューサーが言ってたこと >>606
今45だけど、この人の現役時代のまったく記憶ない
高校教師でのリバイバルなかったら知らなかった >>1
1983年ラジオマガジン2月号
森田童子インタビューより
森田『女系家族の中で育ち、女の嫌な部分、泥々した部分を見過ぎてしまって、女を感じさせる女性は苦手になってしまった。』
森田『昔は対人恐怖症がひどかった。親に人見知りしてたぐらいだから』
森田『高校時代、お金が欲しくてアルバイトしようとすると父がお金をくれたの。これからは暇に耐えられる人間になることが大事だ、というのが父の教育方針だったのね。おかげでずい分と暇には強くなったわ』
彼女は高校半ばにして、不幸にも胸をやみ、転地治療という形で3年間を北海道で過ごした。その時代,'60年代末期は,学園闘争が激しく吹き荒れていた頃だった
森田『 私は何もできない。動けなかった。私の歌は,周囲を見ていた自分の意識の投影なんです。
人も風景もどんどん変わっていく。たけど自分だけが同じ所にいるような気がして…。何もしていなかった時間を,どうやって経験してきたか。
こうなって欲しかった。多分こうだったんじゃないかという想いが、私の一つのエネルギーになっているんです』
北海道での文字通り”暇”に耐える生活。1日中誰もいない部屋の中で、1人ぽつねんと何もしないで座っている。話したいけど話す相手がいない。
口の中が変に重たくなってくる。彼女がギターをとって曲を作りはじめたのは、そんな状態の中でだったという
森田『他の音楽から影響を受けたり,学習塾みたいにテクニックやコードを勉強してもしょうがないじゃない。ある人の作った音楽はその人だけのものだし,他人が真似しようとしてたってできるものじゃないわ』
と言う彼女も、不思議なほど音楽を聴いていない。ただ,高校生時代に強くひかれ、今でも大切に持っているサイモン&ガーファンクルの『明日に架ける橋』を除いては
森田『何もしないで生きる方法ばかり考えていた。でも、そういう訳にもいかないわけで、何かしなければいけない。それが私にとっては歌だったんですね。』 だいたい最後は死にたいで終わるなこの人は。どんだけ死にたかったんだよ >>605
人生を語らずもいいね
あの拓郎節で叩きつけるような歌い方も魅力あるし >>61
当時でもアングラだったからなw
現代なら猶更 歌声は可愛らしいけど歌詞がエグかった
フォーク版の浅井健一という感じ
志村けんがこの人のファンでライヴに行ったことがあるらしいけど
とにかく雰囲気が暗かったとかテレビで話してた記憶がある >>618
空を飛ぶよりは地をはうために口を閉ざすんだ臆病者として
という歌詞は、ひこうき雲へのアンサーかもしれないと思うとぐっとくる アルフィー坂崎が言うにはギターのペグなんかも無造作に巻いただけで
バラバラでミュージシャンって几帳面なのが多いのに珍しいタイプって言ってた
高橋研が森田の初期のライブを見たときは、森田を中心にファンが車座で座り
小さい声で囁くように歌う声をファンが聞き漏らすまいと前のめりになって
ある種の宗教音楽のようで(いい意味で)衝撃を受けたそうだ dont stand so close to me >>611
三作とも江口出てないじゃん
いやジョークよジョーク
ジャストジョーク >>623
>深き眠りのうちに
時よ 終れ
>夏草の上に
ねそべって
いま ぼくは
死にたいと思う
>でも 近いうちに
君に逢いたいと思います
思い付くだけでこんなにあるが笑 >>625
うんうん
歌詞みると拓郎の歌声で脳内再生された 灰野敬二・早川義夫・森田童子
3人ともロンゲにグラサン ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています