オーストリア西部チロル州の州都インスブルックといえば、中高年世代にとって「1964年と1976年に冬季五輪が行われた場所」というイメージが強い。郊外へ車で30分。標高1200メートルのゼーフェルトというリゾート地が、14日開幕のロシアW杯に出場する日本代表の直前合宿地だ。

 ハリルホジッチ前監督が4月7日に解任。ドタバタ劇の末に西野朗監督体制になり、5月21日からの千葉合宿を経て30日に壮行試合ガーナ戦が行われ、翌31日にW杯メンバー23人が発表された。

 そしてゼーフェルトに場所を移して練習を重ねていく中、西野ジャパンの代表の陣容が、いよいよハッキリしてきた。MF本田圭佑(31)を主軸に据えた「本田・王様復活ジャパン」である。

 千葉合宿で3バックの練習に着手した西野監督は、さっそくガーナ戦で3(DF)―4(MF)―2(シャドー)―1(トップ)を試し、本田を<右シャドー>で先発させた。しかし、攻守ともに機能したとはいえなかった。そもそも本田はJリーグ名古屋、オランダ、ロシア、そしてイタリアと主に4バックの布陣のチームでプレーしてきた。3バックの経験値が少なく、本田自身も3バックでの動きに戸惑いを感じていた。

「現地4日の午前練習の後、森保一コーチとじっくり話し込む場面があった。森保コーチは広島の監督時代、3バックの布陣で優勝3回の実績を誇っている。その森保コーチには、ホテルに戻ってからも3バックでの動きをレクチャーされているともっぱら。もちろん西野監督からの指示です」(マスコミ関係者)

■中山淳氏も「理解に苦しむ」

 現地4日の午後練習では、これまで3バックの習熟に時間を割いてきた西野監督が4(DF)―2(ボランチ)―3(MF)―1(トップ)に布陣変更。本田は主力組のトップ下に入った。

 西野監督は、本田をW杯メンバー23人に入れた理由として経験値以外に「なにしろ影響力。チームにプラスをもたらしてくれる。それが彼のストロングな部分」と言い切った。全幅の信頼を寄せる本田を3バックでも4バックでも、チームの軸として考えているのだ。

「本田は、どんな布陣であっても<オレはレギュラーとしてプレーする>と確信していることでしょう」と元ワールドサッカーグラフィック編集長の中山淳氏が続ける。

「14年ブラジルW杯で日本代表の指揮を執ったザッケローニ元監督は、4―2―3―1の3MFの真ん中に本田を置いてトップ下を任せ、左のMF香川真司(29)と右の岡崎慎司(32)とともに攻撃のキープレーヤーの役割を託した。しかし機能不全に陥ってブラジルW杯は1分け2敗の惨敗に終わった。あれから4年が経過し、本田も衰えが明らかなのになぜ、西野監督は4バックのトップ下を本田に任せようとするのか、どうしてリスクがあることが分からないのか、まったく理解に苦しみます。このまま本田が重用された場合、89〜92年に生まれたFW武藤嘉紀(25)、MF柴崎岳(26)、MF宇佐美貴史(26)、MF原口元気(27)、MF山口蛍(27)、DF昌子源(25)といったロンドン五輪世代が大きなストレスを抱えることにもなります」

 本田は、ゴールに直結するプレーを差配する役割を与えられることになるが、大惨敗した4年前よりもレベルダウンしている限り、攻撃が成り立たないリスクの方が大きいのは当然だろう。

 なのに西野監督が本田を主軸に据えたら、それによって出場機会を奪われる中堅クラスに不平不満が高まり、チーム内がギクシャクして崩壊してしまう可能性も出てくる。

■練習後も上機嫌

 ゼーフェルトでの合宿4日目(現地5日)は午後4時30分(日本時間午後11時30分)にスタートした。気温28度の暑さの中、主力組とサブ組に分かれて両サイドからのFKに飛び込んでのシュート練習、CKからの攻守の確認練習を行った。

 主力組に入ったMF本田は全体練習が終わった後にDF槙野、FW乾、FW岡崎、DF長友らと談笑。これが大盛り上がりだった。本田が「選手の(下の)名前が分からない」と言い出し、本田と仲良しと公言している槙野が「(自分の名前の)智章って誰のことか分かる?」と聞いたところ、本田が知らないことが判明。槙野がショックを受けた――というひと幕だったが、本田の上機嫌ぶりが際立っていた。 

 日ごとに存在感を増すばかりの本田の「王様復活」は、まさに危険な賭けというしかない――。

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日刊ゲンダイ 6/6(水) 15:00配信
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