12/29(金) 11:00配信
 今年もまた、多くの著名人が惜しまれながらこの世を去り、その訃報に人々が涙した。

 その中でも6月22日に乳がんのため34歳で亡くなった歌舞伎役者・市川海老蔵の妻でフリーアナウンサーの小林麻央さんの訃報は大きな衝撃を与えた。乳がん闘病中だった昨年9月1日にブログ「KOKORO.」を開設し「なりたい自分になる」というタイトルで初投稿。闘病生活や、2人の子供の母として、妻としての思いをつづったブログは亡くなる2日前まで10カ月間で352回更新。乳がんの早期発見の啓発にもつながり、英BBC放送は昨年11月、世界の人々に感動や影響を与えた「100人の女性」の1人にも選出。そのブログは死後英訳もされ、現在でも世界に思いを発信している。

 一方で、名優たちも相次いで亡くなった。1月21日に「仁義なき戦い」などの東映ヤクザ映画や時代劇中心に活躍した俳優の松方弘樹氏が脳リンパ腫のため74歳で、その4日後の25日には「おヒョイさん」として親しまれ、ドラマやバラエティーなど多方面でも活躍した藤村俊二氏が82歳で死去。また、3月14日には渡瀬恒彦氏が多臓器不全のため72歳でこの世を去った。「事件」「震える舌」「仁義なき戦い」シリーズなどの映画や「十津川警部」「おみやさん」をはじめとする推理ドラマでも活躍。兄の渡哲也とはまた違った男の魅力で人気を誇ったが、2015年から胆のうがんで闘病中だった。

 4月6日には漫才師で女優の京唄子さんが89歳で死去。鳳啓助さんとの夫婦(めおと)漫才で人気となり、鳳さんの死後は「渡る世間は鬼ばかり」など、女優としても活躍した。さらに、6月13日には女優の野際陽子さんが肺腺がんのため81歳で死去。酸素ボンベをマフラーで隠して撮影現場に向かうなど、がんに侵されていることを決して周囲に打ち明けなかったという。亡くなる1カ月前までテレビ朝日系ドラマ「やすらぎの郷」の撮影に参加するなど、最期まで女優魂を見せつけた。

 音楽界でもグループサウンズ「ザ・スパイダース」のメンバーとして人気を集め、音楽界のレジェンドとして活躍した歌手のムッシュかまやつ(本名釜萢弘=かまやつ・ひろし)さんが3月1日に膵臓(すいぞう)がんのため78歳で死去。4月12日には「学生時代」などで知られる歌手のペギー葉山さんが83歳で、死去した。

 7月21日には昭和の大ヒット曲「よこはまたそがれ」「瀬戸の花嫁」などの作曲で知られる作曲家の平尾昌晃さんが79歳で死去した。日本のロカビリーブームの立役者で、昭和30年代には「和製プレスリー」として活躍、78年に「カナダからの手紙」をデュエットし、大ヒットとなった。06年からは「NHK紅白歌合戦」で番組のフィナーレを飾る「蛍の光」の指揮を務めていた。“先輩”の後を受け、今年の紅白の指揮は、作曲家の都倉俊一氏(69)が務めることになっている。

 スポーツ界でも2月2日に日本サッカーを支えた元日本サッカー協会会長の岡野俊一郎氏が肺がんのために85歳で死去した。野球界でも7月1日には阪急で黄金時代を築いた名将・上田利治氏が80歳で死去。1975年から日本シリーズ3連覇を果たし、監督通算20年で通算勝利数は歴代7位の1322勝。78年の日本シリーズでは1時間19分もの猛抗議も行った熱血漢でもあった。また、6月28日には西武ライオンズ一軍投手コーチの森慎二氏が多臓器不全のために42歳の若さで死去した。体調の異変を訴えてから3日後の急逝に、誰もがショックを隠せなかった。森コーチは02、03年には最優秀中継ぎ投手賞にも輝き、通算成績は431試合で44勝44敗50セーブ、防御率3・39。15年に西武の2軍投手コーチに就任し、昨季途中から1軍コーチを務めていた。

 また、12月8日にはプロ野球元監督の野村克也氏(82)の妻でタレントの野村沙知代さんが、虚血性心不全のため85歳で死去。「サッチー」の愛称で、歯に衣(きぬ)着せぬ発言で人気だった。


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171229-00000065-spnannex-ent