【野球】トレード物語04 西武・秋山幸二が3対3のトレードでダイエーへ【93年】
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近年は少なくなってきたが、プロ野球の長い歴史の中でアッと驚くようなトレードが何度も行われてきた。選手の野球人生を劇的に変えたトレード。
週刊ベースボールONLINEで過去の衝撃のトレードを振り返っていく。
[1993年オフ]
西武・秋山幸二、渡辺智男、内山智之⇔ダイエー・佐々木誠、村田勝喜、橋本武広
1993年11月16日、球界に衝撃が駆け抜けた。プロ野球史上、かつてないほどの大型トレードが成立したのだ。西武の「顔」である秋山幸二が、ついに放出された。
西武とダイエーの間で成立、発表されたのは次の選手。
西武からは秋山、渡辺智男、内山智之、ダイエーからは佐々木誠、村田勝喜、橋本武広。3対3の交換トレード。
それもすべて両チームの主力ばかりという顔ぶれだ。
86年オフにロッテ・落合博満と中日・牛島和彦ら4選手とのトレード以来、久しぶりに世間が、この電撃的なトレードで揺れた。
この日の午後6時、埼玉・所沢市内の西武球団事務所にスーツ姿で現れた秋山の表情は、さすがにこわばっていた。まったく突然のトレード。
無数のカメラのフラッシュを浴びての会見では一瞬の沈黙の後、ひとつため息をついて話し始めた。
「トレードの話なんて、まったく頭になかったよ。清水代表から最初に聞いたとき、何の話か分からなかった。
でもプロなんだから、何も言うことはできないよ。王さん、長嶋さんみたいに一つの球団で最後までやれたらと思っていたけど……」
秋山の下に清水代表から電話が入ったのは、前日の深夜。
「きょう(16日)のお昼の12時に話がある」。それだけだった。秋山にはトレードの話なんて頭にない。
予定していたゴルフをキャンセルして、待ち合わせた都内のホテルの一室に向かった。
わずか15分の極秘会議。その席上で、ダイエーへのトレードを宣告されたのだ。
「プロだから割り切るしかない。でも、高校を出てすぐに西武に入って、ここで13年間育ってきたのだから寂しい気持ちはするよ」
秋山が動揺を隠せない一方で、球団の華を放出することを決断した清水代表は、このトレードをこう説明した。
「パ・リーグを活性化させるためのトレードだと認識している。ファンの反応を考えたが、それを乗り越えるしかない。戦力的にはお互い五分五分だと思います」
今季最下位に甘んじ、来季へ巻き返しをはかるために九州出身でスター選手が欲しいダイエーと、秋山を目玉に大型トレードを敢行したい西武との思惑がピタリと一致しての交換劇だった。
その前の週末にダイエー・根本陸夫監督が電話で清水代表に打診。
13日に高知秋季キャンプから帰京した森祇晶監督と清水代表が戦力分析をした結果、15日に両球団で合意に達したものだ。
清水代表がこう断言する。
「秋山と佐々木の1対1だったら成立しなかっただろう」
ダイエー側があくまで秋山獲得のために主砲の佐々木に加え、若きエース・村田の放出まで英断したことが、今回の交換交渉がまとまる大きな要因となった。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171110-00000004-baseballo-base
11/10(金) 11:06配信
https://nipponbaseball.web.fc2.com/personal/batter/sasaki_makoto.html
佐々木誠 成績
https://nipponbaseball.web.fc2.com/personal/pitcher/murata_katsuyoshi.html
村田勝喜 成績
https://nipponbaseball.web.fc2.com/personal/pitcher/hashimoto_takehiro.html
橋本武広 成績 シリーズ敗戦で改革の舞台が整う
しかし、西武サイドとしても秋山は清原和博とともに球団のスター選手、巨人のONが引退した後、球界をこの秋山、清原のA・Kコンビが導いてきたといって過言ではない。
その黄金コンビを解消してまで、大トレードに踏み切った裏にはこんな経緯がある。
今オフから球界に導入されたFA制度が、引き金となった。
日本シリーズ終了と同時に中日・落合、阪神・松永浩美ら大物選手が次々とFA宣言をして球界を揺らしているが、西武も例外ではなかった。
伊東勤をはじめ、工藤公康らがFA宣言を示唆。
球団側は必死の引き留め工作に走り、大幅な年俸アップの確約をするなど、多大な出資を強いられた。
そしていよいよ来年オフには、秋山がFA資格を得る。
現年俸は球界2位の1億7000万円の秋山を引き留めるには3億円近い金がかかる上に、
仮にFA宣言して他球団に移籍されたら球団にその保証金は入るものの、戦力的には大幅なダウンを余儀なくされる。
それならFA資格を得る前に、秋山を目玉に若手の有力選手をトレードで獲得したほうが、
球団にとっては利益が上がるという考えが球団の意向の大多数を占めていた。
また秋山自身、今季9年連続30本塁打を記録したものの、打率.247。
しかも得点圏打率.198とチャンスでの弱さが再三再四、首脳陣から指摘されてきた。
さらに31歳という年齢的な衰えが盗塁数(9個)にも表れ、シーズン中には起用法などをめぐり、首脳陣との確執が表面化したこともあった。
昨年も西武―ダイエー間で秋山―佐々木の1対1のトレード交渉が進行。
西武・堤義明オーナーもOKを出すなど決定寸前まで話が進んだが、決裂。
また今季も西武は広島・前田智徳、巨人・桑田真澄らをターゲットに秋山との交換を目論んできた。
ヤクルトとの日本シリーズに敗れ、「チームの大改造。攻撃的なチーム作り」を大々的に宣言した森監督の思惑がピタリと合い、この大型トレードが実現したのである。
「秋山とはコーチ時代からの長い付き合いで寂しいが、ビジネスだから仕方がない。
根本監督も知っている上、故郷に近い球団だし、秋山が一番活躍できるところでは」と森監督はこのトレードの感想を話した。
FA制導入以来、激しく動き始めた日本球界。その荒波の中で、日本一奪回を目指す西武が先頭を切って、球界改革へ乗り出した。
秋山を放出し、佐々木、村田を獲得。沈滞ムードが続いていた自チームと、そしてパ・リーグにカンフル剤を打ち込んだのだ。
https://nipponbaseball.web.fc2.com/personal/batter/akiyama_kouji.html
秋山幸二 成績
https://nipponbaseball.web.fc2.com/personal/pitcher/watanabe_tomio.html
渡辺智男 成績
https://nipponbaseball.web.fc2.com/personal/pitcher/uchiyama_tomoyuki.html
内山智之 成績 > 秋山幸二、渡辺智男、佐々木誠
この3人は知ってる 秋山の放出もショックだったけどナベトミがショックだったなぁ 内山智之奇人変人は、野球界でも伝説になってるんでしょう。
オウム真理教の信者で似た人いたな。 秋山は広い福岡で成績落としたもんな
顔面デッドボールとか超守備とか晩年はリアルに見れた
日本一に貢献できて大成功だったけど
佐々木は色んな球団変わったイメージ 村田勝喜は弱小ダイエーだから勝てなかったと思われていたが
西武に行ってもやっぱり勝てなかった 内山は煙草が大嫌いで移動バスの中でみんなが煙草を吸うので
一人だけずっと窓から顔を出していたらしいな >>8
でも今のソフバンを見れば成功だったよね
あの頃はなんでだよ!って思ったけど 西武のユニフォームで西武球場でホームランを打つ秋山は格好良かったよ 佐々木ってまともに活躍したの、移籍一年目だけじゃね?
トリプル3狙っておかしくなった気が 佐々木、村田と圧倒的に西武だけが得なトレードだと思った 秋山はダイエー行ったら、ベンチで将棋してるって怒ったらしいな 中坊だったが、史上最大のトレードとか一般紙でも騒いでたのを思い出すわ これで得したのはダイエー
村田、佐々木は全く役に立たなかった 村田勝喜ってヤクザとつるんでた奴だな
西武が管理してヤクザと交友断たせて人間として更正を試みたら
逆に野球選手としてだめになった 松永も実際はダイエーが引き抜いたんだろうな珍カスは発狂してたけど >>18
しかし一番活躍したのは橋本だったけどな。 松坂のソフバン引き抜きもあれ西武に絶対戻させないためだからな
根本引き抜き以来遺恨が残っている 今の福岡ホークス王国の土台を作ったトレード。
その一方で田淵監督の3年間はなんだったのか? 今見ると酷いトレードしてんなw
高年俸を放出したいだけかもしれんが。
ダイエー側見合わなすぎ このトレードで西武ファンからダイエーファンへ変わったわ。
くそ弱かっけど、あのトレードから徐々に強くなっていったんだよなー。 >>32
(´-`).。oO(村田はホモ疑惑とか色々訳ありでな) >>20
当時はまだプロ野球は巨人以外のニュースは一般紙のスポーツ欄程度では大して話題にならんかったけどな 西武からドナ・ドナされるのがダイエーだったなw
まぁ戦力は均衡したろうけど >>36
偏重だろ、当時のパリーグの観客動員数調べて見ろよ >>29
うそつけ
その前から色々と抜けてたやろw >>20
当時朝日新聞の社会面に「西武主砲秋山を放出」ってデカデカと載ったの覚えてる
秋山ファンだった自分はそれを機会にホークスファンになった フリースインガーでスタンドプレーが目立ってたし性格は極悪
こんなものタダでもいらんだろ
キヨに迷惑をかけたやつという印象しかない 秋山・松永がダイエーに加入した時はメチャクチャ嬉しかったな
何だかんだ言ってもパ・リーグの中心選手だし >>52
デタラメ言ってるやつが多すぎだよなw
当時をリアルタイムでみてる俺らオッサン以外は書き込むなよ
こうやって歴史は改竄されてゆくんだ トレードといえば
山内 ⇔ 小山
張本 ⇔ 富田 高橋一三
岡村 阪本 ⇔ 種茂 大橋 小久保の無償トレード。あれ何だったの?でFAでダイエー復帰 これより
加藤初、伊原と
関本、玉井のトレードの方がショックやったわ
コイツら全然つまらんかったし >>56
これと同じシリーズの記事だとあまりにも酷い上層部に反発してトレード志願らしい 西武一筋の有名な選手って、キャッチャーの伊東くらいか
西武って若手がドンドン出てくるが、主力選手がよく流出するよな 秋山ファンで西武ファンだったからショックだったよ
そこから野球全然見なくなった >>61
昔なら堤のやり方に不満を示したのが大きいが、今はどうなんだろな 今になって数字と年齢だけ見れば村田放出は思い切り良すぎるよな
何が何でも秋山が欲しかったのな しかしあの頃の西武は黄金時代の選手が次々と抜けていって
子供ながらに西武というチームの脆さを感じた 秋山ウナギってそんなベテランだったのか…
…といつもと逆の事を言ってみるw 当時、世間では秋山以外殆ど知名度無かったよ
、それが現実 石毛➡ダイエー
辻➡ヤクルト
清原➡巨人➡オリックス
平野➡ロッテ
安部➡近鉄
鈴木健➡ヤクルト
垣内➡ロッテ
奈良原➡日ハム➡中日
金森➡阪神➡ヤクルト
片平晋➡大洋 >>69
当時の西武の強さは根本の手腕
ダイエーに抜かれたらこうなるわな >>72
秋山もパ・リーグだから野球ファン以外にはそこまでの知名度では 主力が年々抜けていく西部を揶揄して
苫篠が「悪魔のささやき」で「私は餞別ビンボーです」と訴えるネタがあった
まだやくみつるがそこそこ面白かった頃 村田勝喜
ダイエーで3年連続で二桁勝利してたのに、
いきなり西武トレード後は4勝5敗
翌年は0勝で中日にトレード
いい迷惑だったろうな。 秋山のトレードを機に西武ファンをやめた。ホークス応援したわけではないが、1999年の最期の輝きを放った際は涙が出そうだった。福岡で大事にしてもらってうれしい。 >>11
打撃成績は落ちたが
福岡ドームで改めて秋山の守備の美味さに魅せられたわ 2chもないあの頃はこういう面白いネタあったし競馬もやってたしでスポーツ新聞よく読んでたな >>73
石井丈⇒日ハム
ナベQ⇒ヤクルト、台湾
新谷⇒日ハム >>70
埼玉だよ
>>78
常勝西武から弱小ホークスのファンになってしばらく辛かったけど1999年の優勝で全て報われたよ 1993年に福岡ドームが開場したのが全てだね
この年に監督となった根本陸夫さんは福岡ドームに
適応出来る選手を一年間かけて見極めた
前年狭い平和台球場では139本塁打放った打線は
75本塁打とほぼ半減し得点もちょうど100減った 西武Tシャツを買ってもらい秋山背番号24をプリントして開幕戦を観たら中日から移籍して来たバント職人平野が24を付けていて傷ついた小5の俺。 >>56
小久保とフロントが揉めていたというのもあるけれど、
ダイエーの損益補てんのために株かなにかを読売が買ってあげたけど
ダイエーの名前を残す代わりに、小久保はタダでみたいなことじゃなかったっけ? >>82
日本シリーズの三角飛びが凄かったって言われるけど
映像に映って無かったよね シーズン中にバントのサイン出されてコーチに確認したりしたからな
バク宙ホームインで女性人気は清原以上だったけど、腰痛と花粉症でボロボロだった >>12
1991年から93年にかけての3年間は安定して二桁勝利を
あげてるよ
特にチームがわずか45勝しかしてないのに10勝をあげた
1993年はまさしく孤軍奮闘だよ
だから「あの村田が西武では何で!?」なら正しい 森は秋山にバントのサイン出して拒否されて代打を出したり、
関係ぎくしゃくしていたからなあ
このソース先や自伝では、ダイエーからトレードを言い出してきたと言っていたが
森から言い出したと思う
森は陰湿だし、いろいろ話を聞く限りかなりの嘘つきだから 佐々木好きだった俺は結構ショックだったなー!山本カズと言い、あのヘルメットを着こなせた数少ない選手だった。 >>84
秋山背番号変更は1987年で、平野加入は1988年。 >>16
二年続けて結果を残し三年目に故障もあって低迷
しかし翌年1992年以来の三割を打ち復活
だが怪我による衰えは深刻でこの年以降出場試合数
が激減した 村田は西武では勝てなかったよなあ。佐々木も晩年は何故か阪神にいたよな。
まさかちっちゃい橋本がそこそこ中継ぎで投げて一番活躍するとはな。 秋山の猛練習が小久保、松中に引き継がれて今のソフトバンクがあるから
ホークス側には大成功のトレードだったな この1993年メンバーが
ジョージ・ライト
山口裕二 佐々木誠
岸川勝也
浜名千広 湯上谷宏
森脇浩司 馬場敏史 藤本博史
若井基安
村田勝喜
DH 山本和範
吉永幸一郎
────────────────────
翌年こうなった
秋山幸二
K・ライマー 若井基安
小久保裕紀
浜名千広 藤本博史
松永浩美 トラックスラー
吉田豊彦
DH カズ山本
吉永幸一郎
──────────────────── 村田はまあ、あまり表沙汰に出来ない事情絡みというか半分厄介払いみたいなもの >>86
ポール際だったしね
日シリでの好プレーなら確実に頭越される打球をわざと捕球体勢とってランナー釘付けにしたやつもあったな
>>87
人気は清原>秋山
サヨナラの場面で秋山に「フォアボール選んでキヨに回せー」なんてヤジが飛ぶのをチクショーって聞いてた
清原に比べたら地味で寡黙だったからなー
だからバク宙ホームインは「えっそんな派手なことするの!?」と意外だった ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています