広島は順風満帆の優勝ではなかった。17年は何度も危機が訪れていた。象徴的なのが9点差を
ひっくり返された5月6日阪神戦の「甲子園の悲劇」。そしてマジック点灯後、
3連続サヨナラ負けを喫した8月22日からのDeNA3連戦の「横浜の悪夢」だ。大きくチームが
傾いてもおかしくない状況から、その日、その夜、その後。広島はいかに立ち直ったのか。
はね返した底力に迫った。

 心を突き刺すような鋭い言葉が飛び交った。
「勝手にしろ」「守りにくい」「こんなんじゃ優勝は無理だ」「何点とれば勝てるんだ」。
シーズン序盤、広島ベンチで何かが崩れていく音がした。

 5月6日阪神戦(甲子園)。広島は9点差をひっくり返された。過去、9点差以上の
逆転負けを喫したチームに優勝した例はない。熱気あふれる六甲おろしが漏れ聞こえる
三塁側ベンチの奥は、対照的に冷めた空気が充満していた。守りやすいテンポ、リズムを求める
野手陣と、どんな手を使ってでも失点を防ぎたい投手陣。冷静でいられない選手もいた。
「投手も野手も一緒に戦っている。片方を悪く言わないでください」。コーチに意見する選手もいた。
やり場のない怒り、情けなさ。一方的にぶつける言葉は空回りした。

 ただの1敗ではなかった。宿舎に戻って、涙を流す主力もいた。外部から「闘志がない」
との声も届く。あの夜を語りたがらない選手は今も多くいる。悲劇をはさんで4連敗。
「今年優勝出来なかったら、この試合がターニングポイントと言われる。こんな試合は
絶対にやってはいけない!」。試合直後のミーティングで、石井打撃コーチが連ねた言葉が
選手の胸に響いた。

 「本当の力が試される」。そう感じていたのは、緒方監督だ。あえて言葉をのみ込んだ。
「負けて慌てても遅い。そこまでの過程のなかで、やれることはやった」。監督就任から3年。
種をまき、水もやった。スタッフ、選手に植え付けてきた意識、成長を信じていた。

 選手は、動いた。中堅選手を中心に投手、野手を交えて話し合った。空気は重い。ただ、
このままでは修復不可能になる。野手側の力が強く、長く続いた低迷期にあった
「投手と野手の背離」が始まる気配すら漂っていた。分かり合うために。言葉をぶつけるのではなく、
言葉を交わした。

 前年優勝できたのはなぜか。優勝に必要なものは−。「共通の目標」を再認識しながら
時間をかけて軌道修正した。勝つことも良薬となった。凡打でも得点が入れば、投手も野手を
拍手で迎え入れた。野手が「何点とればいいんだ」と不満をもらした姿は消えた。
降板後の先発投手もベンチから身を乗り出して声を出す。一体感が帰ってきた。

 だからこそ、8月の「横浜の悪夢」も乗り越えられた。春季キャンプから若手を積極的に
食事に誘い、一体感の重要性を伝えてきたチーム最年長の新井は初戦の後に変化を
見た。「(今村)猛を(野村)祐輔が最初に迎え入れた。お互いが『ゴメン』『すまん』
と謝る。若い(中村)祐太も前に出て声を掛けた。そこに野手も集まる。いい光景だと思った。
黒田さんの“遺産”もあるかな」。一体感を最重要視した黒田氏の残り香も、あるべき方向へ
誘ってくれた。

 屈辱の日から135日、同じ甲子園で広島は頂点に立った。「2つ」の大きな敗戦を
成長するスパイスに変え、歴史を塗り替えた。勢いで勝った16年。17年は、真の力で勝った。
【池本泰尚、前原淳】

https://www.nikkansports.com/m/baseball/news/amp/201709190000093.html