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江本孟紀(えもと・たけのり)/1947年生まれ。71年にプロ野球・東映に入団し、南海、阪神で81年までプレー。通算113勝を挙げる。その後は野球評論家、政治家としても活躍(撮影/岡田晃奈)

「どうしてそこまで怒るの?」「そこまで言わなくてもいいのに」――。このところ、イライラする人や罵詈雑言を目にする機会が多いとは思いませんか?

 あそこでもここにもいる「感情決壊」する人々。なぜ私たちはかくも怒りに振りまわれるようになったのか。それにはちゃんと理由がありました。アエラ9月11日号では「炎上人(えんじょうびと)の感情決壊」を大特集。怒りの謎に迫ります。

 政治家や野球選手、芸人──。かつては感情にまかせて怒ったこともあったけど、過去を静かに反省し、「怒り」から学んだことを達人たちに聞いた。今回は、野球評論家の江本孟紀です。

*  *  *
 プロ野球・阪神タイガースの主力投手だった1981年8月、「ベンチがアホやから野球がでけへん」と中西太監督の采配を批判したと報じられ、謹慎10日間となりそのまま引退しました。

 信頼も期待もしていた前任のブレイザー監督が前シーズンの途中で退任したこともあり、球団への不満もたまっていた時でした。
プロ野球の監督は選手起用の責任者であり、唯一、選手の人生を背負っている存在。いい加減にコロコロ代えられては困るんです。そんな時にある試合でピンチを迎え、策は何かとベンチを見ると監督がそっぽを向いてベンチ裏に行ってしまった。
結果同点タイムリーを打たれて降板。ロッカールームに行く途中で「ベンチのアホ! ボケ!」と吐いた暴言を拾われて記事にされた、というのが真相です。
謹慎10日間と言いますが、そこから調子を元に戻すためにはさらに2週間かかる。球団にもがっくりきましたし、前年にそれまでの連続2ケタ勝利が途絶えたこともあって、気持ちが切れました。
ドラフトにもかからなかった人間が10年間で100勝できたし、気持ちが切れたらもう2ケタ勝てる投手には戻れない。ダラダラ続けても、という気持ちもありました。

●生きるために不可欠

 プロ野球は勝ち負けを競い、勝つことが生活、お金につながる世界。負けたり降板させられたりして腹が立たない選手はいませんし、そこで感情が出るのがプロスポーツ選手。
自分があの局面で暴言を吐いたこと自体は、それだけ自分が感情をこめて野球に打ち込んできたことの証拠だと思っています。みんなそうでしたが、明日死んでもいいと思って投げていましたからね。
野球選手時代の大変さに比べたら、それ以降の仕事はなんてことないと思えたし、あの時以上に怒ったこともありません。感情は、前向きに生きるためには不可欠なものだと思います。

 昔のプロ野球は、選手も客も今以上に感情をむき出しにしていましたね。ただ、その感情はすべて敵チームにぶつけていた。
阪神─巨人戦などは試合前から選手が「今日はやったんぞ!」とベンチ間でヤジり合いをしていましたし、パ・リーグの選手がセ・リーグに対して怒りや競争心を持っていたりもしました。
今は試合前に敵チームと談笑したりしているし、怒りを前に出すような選手も減りました。パワハラにもうるさくなって、選手を怒鳴りつけるようなコーチは球団側が怖くて使えないようにもなってきている。
今の選手は、たぶん自分自身を相手に戦っているんじゃないですかね。


AERA 2017.9.10 07:00