心底、ちいせえ男だなと常々思う。
年食ったら食も細くなるので、例えば蕎麦屋で「自分はざる蕎麦で十分」と思うだろうが
若い者は食べ盛りでもあるので
ゴテゴテしたものの大盛りも食べたいだろうに、落語家の師弟関係よろしく今時、師匠は「もりそば」弟子は「ざるそば」といった不文律をこの世の常識のように言わなくても良くないか?
坂上がざる蕎麦頼んだら、後輩は「ここにある天カスでけっこうです」と言えば満足なのか。