最近『聲の形』って映画を見たばっかりなんだけど、
まさにこれに出てくる先生が「めんどくさい生徒に関わらないタイプ」だったんだよね
イジメなどに気付いていても放置 
決定的な問題が起こった時だけ「主犯」の生徒をつるし上げた

生徒は未成年で完璧じゃないから間違えるんだよ
その間違った生徒は「排除してほっておけばいい?」勘弁してくれよ

日野は「排除しても問題のない立場」なのに問題のあるめんどくさい生徒に関わり続けたんだよ
それは「教育」というものに責任を感じているからこその態度だよ 日野にはなんの得もない
生徒だってそういう日野から離れることはいつでもできた
お互いに関わり続けることを認め合った関係
そういう2人の中で生まれた行動になんで外野の俺たちが文句を付けられるんだよ