この7月に15歳の誕生日を迎えた藤井聡太四段。進学について悩んでいるという話を小耳にはさんだ。
本人は高校進学したくない、母親を含め周りの人間は進学を希望している。

もし藤井君が奨励会三段だったら、高校進学は是非もないだろう。
しかし藤井君はすでに四段、棋士になっているのである。

棋士になってしまえば、おそらく今後仕事の心配はなく、人生で学歴を問われる場面もそうないだろう。
高校へ通っている時間を将棋の勉強に当てたいという気持ちはごく自然なものと思える。

私が日本将棋連盟に勤めた昭和57年頃は、奨励会員は中卒が主流だった。
高校へ進学する方が自分の才能に自信がないからだとか、逃げていると揶揄(やゆ)された。
高校進学が保険のようにとられていたのだ。しかし現実は厳しかった。
中卒のまま棋士になれずに20代で社会に放り出される若者を、私は大勢見てきた。多くは友人だった。

その流れを変えたのが、天才・羽生善治らであった。羽生世代の俊英たちのほとんどは高校へ通った。
その方が生活にリズムができたし、奨励会員というわかりにくい立場ではなく、
高校生というアイデンティティーを持てることが大きかった。
それまでの奨励会員たちは毎日行く場所もなく、結局は将棋会館の周りをうろついているしかなかった。
しかし羽生世代からはガラリと変わった。

羽生世代の成功を見て育った次世代もほとんど迷うことなく高校へ通うようになった。
結果、多くの奨励会員が大学へ進学する。
その流れを汲み将棋界は大きなイメージアップを勝ち取ったのではないかと思う。

「高校という毎日行く場所がある。それが精神的にどれだけ助けになるか」。
羽生さんからそんな言葉を聞いたことがある。

奨励会員である前に高校生なのだという自覚。ただ藤井君の場合はあまりにもレアケースである。
400年に1度、つまり将棋界が始まって以来のことなので、彼に当てはめられるケースなどありようもない。

ただ私に聞かれればやはり高校進学を勧める。

それはひとつは将棋界という小さな世界に留まってほしくないという気持ち。
広い社会と接触して、ときには大きく深呼吸してほしい。

この世界は将棋だけで成立しているわけではないのだ。
もうひとつはこれからは藤井君を夢見て、憧れて将棋界に入ってくる少年が数多く現れるだろう。
そんな後輩のライフスタイルのことも考えてあげてほしい。
みんなが生き方の真似をする、すでに将棋界の象徴なのだから。

【午後のつぶやき 大崎善生】
http://www.sankei.com/west/news/170729/wst1707290002-n1.html