『足の生えた駒』 興梠秀作(こおろぎ・しゅうさく=しんぶん赤旗スポーツ部)

私の肩書きを見ると「よほどお強いんでしょうな。文化部や学芸部の領域を荒らしているんですから」
などと言う人がいます。
駒の動かし方しか知らない私は、強いうんぬんには触れず「どちらも勝負事ですからね」と答えること
にしています。

年間千局にも及ぶ対局のうち、決勝戦や挑戦手合いでは立会人が盤側でにらみを利かしますが、ほとんど
の対局は対局者の自主性に任されています。

数多くの記録を取り、タイトル戦での記録係の経験もある奨励会三段のA君は言います。「たとえ反則を発見
しても基本的に記録係は口出しをせず、対局者が処理するのを待ちます。その処理の仕方がまた人間臭いん
ですね」

B六段が角を成ろうと53の歩を取って駒台に載せた。と、直後にその歩を元の53に戻した。対戦相手のC七段いわ
く「わいの駒のチリ払うてもろて、すんまへんな・・」
B六段は「今の、待ったでっさかいに、わしの負けです」と恐縮したが、C七段は「駒のチリ論」を主張、対局は
続行されました。
それには、待ったに対する皮肉のほかに、反則勝ちしたと言われたくないというプライドがあるように感じられ
ました。

持将棋模様の将棋で、D七段は駒の足りないE五段が「負けました」と言うのを待っていた。ところがE五段はだん
まりを決め込んだまま。ほうっておけば勝つのは分かり切っているのに、カーっとなったD七段はE五段の玉を詰ま
しにいった。詰みはあったのだが逃してしまい、本物の持将棋にしてしまった。後日、D七段は指し直しで大阪ま
で出向いたが、激戦の末にD七段の負け。

続きは明日