>>71
やっぱり白人の発想だった

>日本は1899年(明治32年)にベルヌ条約に加盟し、同年に著作権法も施行されていたが楽曲を演奏(いわゆる生演奏の他に録音媒体の再生も含む)するたびに
>使用料を支払うという概念は皆無であった。
>1931年(昭和6年)に、旧制一高のドイツ人教師であったウィルヘルム・プラーゲが、
>主にヨーロッパの著作権管理団体より日本での代理権を取得したと主張して東京に著作権管理団体「プラーゲ機関」を設立した。