視界の端に一瞬入ったかと思うと、次の瞬間にはもう消え去ってしまうものが。急に振り向いた僕に、驚いた顔を見せて、気持ち悪そうに眉をひそめる学生たち。
「どうかした?」と心配そうに話しかけてくれる人もいたけれど、黒いものを見なかったか、と訊ねると、ああそっち系のやつか、という顔をして、「さあねえ」とそそくさと去っていく。
そんなことを様々な場所で繰り返した。
僕なりに考えたことがある。あの黒いものは、見よう、見ようとするその気持ちを、見透かしているようだ。見ようとすると去っていく。そんなものをどうやって見ればいいのか。
……見ない。見ないで、近づく。目を閉じたままで。そのためには、どうしたらいい。
気配だ。気配を感じるしかない。目に頼らず。
僕は目を閉じて学内を歩いた。
10数分後、10人目の人とぶつかって平謝りしたあとで僕は、昼間は無理だと悟った。賢明ではあったが、やや遅きに逸した感があった。
その夜だ。
春とはいえ、夜はまだ肌寒い。ジャンパーを着てくればよかったと少し後悔しながら、僕は真っ暗なキャンパスのなかを歩いた。
ところどころに白色の光を放つ街灯があったけれど、深夜の大学構内はいつもの華やいだ雰囲気とは違う。自然と息をひそめてしまうような、静謐な感じがした。
学部棟のいくつかの窓には明かりが灯っていて、学生なのか、教員なのかはわからないけれど、こんな時間にも研究を続けているようだった。
大学生協の前の通りに出た。昼間は学生の往来のメッカで、立ち止まっているだけで、足を踏まれたり、ぶつかったりしてしまう場所だ。