平成二十九年の八月。
 今年も例年通り地元の夏祭りに足を運んだ。

「A太くん!」

 懐かしい声にスマートホンの液晶から顔を上げる。
 制服姿のB子が笑顔で手を振りながら駆け寄ってきた。
 一瞬びくりとしたがあまりに屈託のない笑顔に出かかった言葉を飲み込む。

「ごめんごめん! 遅れちゃった」
「……ほんとにな」

 B子には遅刻癖があった。だからきっと遅れてやってくるだろうと思っていたが、とうとうその勘が当たってしまった。

「なんで制服なんだ?」
「むぅ。聞いてよ。C村のやつ、補修から帰りたかったらテストだーとか言って意地悪してきたんだ」
「C村? ……あぁ、数学の」

 なるほどB子は補修が長引いて結局浴衣に着替えられなかったらしい。

「でもよかった。花火には間に合いそうだね。……A太くん?」
「遅くなるんなら、連絡しろよ。この馬鹿」
「えぇー、そんな怒らないでよ! 連絡しようと思ったけどほら、お祭りで人いっぱいだからアンテナ立ってないんだよ!」

 ぱかっと折り畳みの端末を開いて見せつける。見事に圏外だった。
 ともあれ、花火の打ち上げには間に合いそうだ。
 B子とは幼い頃からここで一緒に花火を見ている。小学校に通うまでは親に連れられて、小学生になってからは二人で、中学に上がって男女を意識し始めてからは友達数人を交えて、そしてあの夏も――

「あっ」

 ひゅー、という音と共に光の線が夜空に上る。
 色鮮やかな光の花が空に先、花弁を散らす。

「ねえ、A太くん」

 花火に照らされた笑顔でB子は言った。

「大好きだよ!」

 ありがとう。
 俺もB子のことが大好きだった――。
 返事は、花火の音に飲まれて消えた。



 ◇


「お父さーん!」

 花火が終わると娘のC美がからころ下駄を鳴らして駆け寄ってきた。
 危うく転びかけるところを抱き留めると遅れて妻のD奈が頬を膨らませてやってくる。

「もう……また花火の時間になると居なくなって……」
「すまんすまん。……来年からは家族で見ような」
「?」

 平成二十年八月以来――十年ぶりに再会した幼馴染のB子は、変わらない笑顔で花火に遅れてやってきた。
 盆が近いからだろう。
 久しぶりに再会した幼馴染との夏祭りデートは花火が終わると同時に夏の夜に消えた。