旦那姉がニートな件に関して詳しく聞けず結婚した
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旦那、私 23
旦那妹 21
旦那姉 26
結婚して入籍報告に旦那の親戚に挨拶に行った時、世間話をしてから「旦那姉はこの先どうするんだろうね…」と言っててとても不安。
詳しく追求しなかった私が悪いかもしれないけど、これ私たちが将来面倒見るの? おぉ なんかすげぇ雷が鳴ってる あらま大粒の雨が降り出したー 昨夜すごく久し振りにヤツが現れた 黒光りした体 通常の3倍のスピードで移動する…黒い彗星G!
ガサッと音がしたので振り向くとそこにヤツは居た 久々に見た巨体だ 一瞬怯んだが瞬時に思考を巡らせてい
「何か武器になるものは?」辺りを見回すがヤツを叩き潰す物がない…しかしあるポイントで視線が止まった… 今この場にあるものの中で最強の武器であろう対G用の殺戮兵器!噴霧ジェットを発見した
武器を発見するまで約3秒…再びヤツを視線を移す まだヤツは居た素早く武器を手に取り流れるように加齢に…いや華麗にヤツに向けて発射!! 直撃!!
だがヤツは高速移動を開始した!? 追撃を試みるがヤツは死角に潜り込んでしまった!?不安が頭をよぎった「このまま逃がすとヤツの出現に怯えなくてはいけない…何とかしないと」
最後の望みをかけヤツを見失った場所を目掛け噴霧ジェットを数秒連続噴射!!
数秒後再びヤツは姿を現したと思ったら腹を見せて息も絶え絶えの状態だった…どうやら最初の直撃でかなりのダメージを負わしていたようだ バイクの事故で6人死亡か…大きめな車の事故よりも人多いな 俺がバイクを現役で乗ってた頃は何時死んでも仕方ないって覚悟で乗ってたが 今時はどうなんだろうか…自分だけは死なないって絶対無いからな… バイク好きってのは大きな事故した後に真っ二つに別れるな…怖くなって降りる者と怖さ痛さより楽しさが勝って乗り続ける者と…俺はバカだったから後者だったわ 結構な怪我したな 解放骨折、靱帯断裂、筋繊維裂傷、正座が出来なくなったな…でも後悔は無いな 好きなことした結果だからな 若いときは兎に角興味がある事、気になる事は自分で体験せずにはいられない質だったな 良い事悪い事関係無くね 人の言うことは余り信用してなかったな…頭悪いから自分が経験しないとわからないんだな 「韓国が好き」とか「別に韓国に対して嫌な感情ない」とか言う連中って
竹島で殺された遺族の前でも平気な顔で同じこと言えるんだろうなぁ
非嫌韓って結局のところ人の痛みや悲しみに無関心なだけの冷たい人間なんだよね
未だ日本が自衛隊すら持たなかった1952年、韓国大統領の李承晩(リ・ショウバン)は、
公海上に「李承晩ライン」と呼ばれる漁船立入禁止線を一方的に宣言し、漁を行っていた日本人船員2791人を拉致した。
竹島はこの時に奪われ、韓国海軍による銃撃によって死傷者も出た。
拉致された船員達の獄中生活は悲惨を極めた。六畳程度の雑居房には20人前後が押し込められ、手足だけでなく体も重ねあわせて寝なければならなかった。
食事の不潔さは言語に絶し、カビの生えた麦、腐敗した魚はとても人間の食べる物ではなかった。
漁船乗組員 石田儀一郎の手紙には「異国刑務所においてはこの世の地獄の生活を味わった」と書かれていた。
韓国は抑留者を人質として1965年の日韓基本条約の締結に際し、当時の韓国の国家予算の2倍以上の金を脅し取った。
後に韓国は抑留者の返還と引き換えに、日本で常習的犯罪者あるいは重大犯罪者として収監されている在日韓国人を釈放することを要求した。
日本政府はこれを飲み、在日韓国人犯罪者472人を放免し、日本での永住許可を与えた。
議事録 第023回国会 法務委員会 第3号
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/023/0488/02312080488003a.html
島根県公式HP
http://www.pref.shimane.lg.jp/admin/pref/takeshima/web-takeshima/takeshima04/takeshima04-1/takeshima-042401.html この前の台風の弊害が出てたな 一昨日の晩から昨日の早朝にかけてまとまった雨が降ったんだが 道路の側溝(排水溝)の水が流れる部分に葉っぱや枝、ゴミが詰まって そこら中に一車線を塞ぐぐらいの水溜まりが出来ていたな 若いときの一年の早さと歳をとってからの一年の早さは明らかに歳とってからの方が早いな 半日掃除してたんだが捗らなかったな 捨てて良い物かそうでないかを判別するのにやたらと時間がかかる…自分の物以外もあるからな 若いときから浅はかな考えは変わりゃしねぇ… 人付き合いは苦手なまま直りゃしねぇ…根本的に駄目人間何だよなぁ… 多分アスペなんだろうな 人の気持ちがわからない会話が続かない…話した事の大半はすぐ忘れてしまうのに何故かずっと忘れない会話の一部分がいくつもある… >>121
あらま ありがとさん 改めて読んでくれてる人がいるとわかったら ちとこっぱずかしいなw 今思うと自分のこの性格が何時ぐらいから形成されたんかな 歳の離れた3人兄弟の末っ子で親は共働き保育園から行き幼稚園に上がって 親の帰りが遅いから幼稚園が終わってから保育園に行って迎えを待つ 小学校に上がってからも授業が終わってから学童保育に通い時間が来たら低学年の時は5歳上の姉が迎えに来て家に帰り姉はすぐに遊びに出かけ 1人でテレビを見てたな 兄弟とは歳が離れてたから小さい頃なんか話が合う訳もなく兄弟なんだが遊んで貰った記憶がほぼ無いな…1番上とは8歳違うからいつも泣かされてたな 小さい頃の8歳違いは大人と子供だわな 学童保育から帰ってテレビを見て6時過ぎ〜半頃に母親が帰って来て急いで夕飯の用意を始める そして7時過ぎに父親が帰って来て夕飯を食べる 親は自営業だったので仕事の話しをするか野球中継を見ながらの夕飯だったな この頃から既に自分の事を話さなくなってたな なんだかちょっとさみしいねえ。末っ子は甘えん坊やのに。でも家族揃ってご飯食べられるのは幸せなことやと思うよ。 一番上が中学になって運動クラブに入り塾に通い出してからは 皆揃っての食事はたまにしかなくなったな 改めて考えると 話が合う訳無いよな 俺が小1の時に姉は小6 一番上が中3 だからかな兄弟に相談事とかした事がないわ 自分の事を人に相談した事がないかもだな 見てくれてる人、文章が変かもだが勘弁な 昔から作文てヤツが苦手でな 俺の頭の中の思考パターンが単純な単語思考だからだと思う
例えばバラエティー番組を見て俺が「面白い」と思うとする これをどう面白かった?と聞かれると単純に面白いと思っただけだから説明するのが困難になる 恥ずかしながらこんな歳になっても文章を作る時に入れたい単語があっても上手く繋げて文章に出来ないんだよな 家族にすら相談した事が無いんだから 勿論他の人に相談なんて出来る訳は無いよな だから何でも自分で考え決めてきたんだが やっぱり基本バカだから失敗が多いのは当たり前だわな(笑) 親が放任主義だったからか余り構ってやれない罪悪感なのかはわからんが やりたい事は全てやらしてくれたな まぁ反対されてもやるんだけどね 基本的な考え方はバカなんだが 何故か勉強はそこそこ出来てたんだよな 運動は基礎体力は人並み以上あったんだが身体をコントロールする才能が無かったわ覚えてるのは背筋力192`垂直跳び91aあったな なんでもすぐにそこそこ出来る様になるが凄く上手くは成れないって感じだったな 中学の時に入ったクラブでは 先輩に目を付けられケンカして辞めたな チームプレーのスポーツは向いてないと思ったな 自分も最初からそこそこできたんだけど
、努力しなくなっちゃう人だった。それでコツコツやってる人に抜かされちゃう。悔しくてやめちゃうんだ。第一印象はいい。でも下がってっちゃう。おっさんはどうかな? >>135
だいたい見よう見まねである程度出来てたから どうしたらそれ以上出来るようになるかがわからないって感じ 適当なので精度の要るスポーツはあんまりだったな 例えばリングの小さいバスケットとか同じ動作の正確さが必要なゴルフとかは向いてなかった 自分の気持ちや考えを話せる友達は居なかったが遊び友達は人並みには居たな 真面目では無かったが飛びきりの不良って訳でも無い中途半端な感じの中学時代だったな 悪いと言われる事は一通りやってたわ でも本当に悪い事は独りでやってたりした(笑) そうそう青春時代だからな女の話しが無いとウソだわな 俺は案外女を意識し始めたのが遅いんだと思う小学校の時は全くで中1の終わり位に淡い恋心が芽生えたが告白とか付き合いたいって思考が無かったわ 人並みに顔は整ってたし勉強もまあまあ出来て運動もそこそこでちょい悪だったから まあ多少はモテてたかな 告白を数人からされた事はあるが どうも性格上自分が好きにならないと付き合う気にはならなかったな 付き合ったばかりのカップルのデートに付いて来てと頼まれて行くと女ももう1人居てダブルデートの形になった 後で聞いたらもう1人の方が俺に気があったらしいんだが まさかの俺 付き合ってる方の女を好きになってしまった(笑) 笑顔がめちゃくちゃ可愛くてやられたわ マジ惚れして初めて明確に自分の彼女にしたいって気持ちが芽生えてしまったもんだから末っ子の自己中、我儘の真価を発揮して奪う形で付き合った(笑) 但し昔の事だから付き合うと言っても 一緒に帰ったりゲーセン行ったりとか まあまだ可愛いもんだったわ この頃の俺はまだ純情だったわ(笑) 付き合った期間は中3の夏頃から高1の夏前までだったかな 前触れもなく何故か突然別れを切り出された 訳が分からずベタ惚れしてただけにショックが大きく恥ずかしながら泣いてしまった(笑) 別れた直後にその時連んで一緒に遊んでいたツレとその女が付き合って 更に精神的にショックを受けたな ベタ惚れしてただけにトラウマになって軽く人間不信になってもうたな アスペ気味で自己中自分勝手な俺の脳内では なんで俺がこんな目にあわなあかん? 何も悪い事してないのに と思ってたな まあベタ惚れだったし何もしてない事は事実なんだが 自分の気持ちを伝える事が苦手だったから変に不安にさせてたみたいだった でもこの頃の俺には そんな事わかる訳もなくどんどん変な方向に考えて最後には コケにされて弄ばれたと思ってしまってたな 脳内変換がヤバいな(笑) ここでまた自分勝手な理屈で 女に弄ばれたから今度は俺が女で遊んでやる!と決意したヤバいガキんちょが出来上がってしまった(笑) 女で遊ぶ第一歩として 高校でバイク好き同士で仲良くなったヤツと二人で繁華街に出かけて 人生初ナンパに挑戦してみた 女が多そうな所を探して誰に声を掛けるか相談しながらウロウロ歩いてたんだが 二人共ナンパなんかした事が無いからなかなか決まらず女を観察してるばっかりで時間が経っていった(笑) なかなか声を掛ける勇気を持てず周りを観察してたら 明らかに他の子らとは違い目的も無さげにノンビリと歩くなかなか可愛い制服の二人組を発見した ツレとどうするか相談してグダグダしてても仕方がないので声を掛ける事にした 確か意を決して言った第一声が「なあ なあ 何してんの?暇なんやったらお茶でもしに行かへん?」やったと思うWW なんせ初ナンパで気が利かないから(笑) あんな第一声だったが何故だか初ナンパ成功(笑) 日が暮れかかった時間だったので 窓からの眺めが良いビルの喫茶店に行ってお互いの自己紹介やら色々話しをした 二人の内の可愛い方の子の家は同じ電車の沿線で二駅離れてるだけだったので話しの流れは覚えて無いんだが家の近くまで送る事になった 駅から二人で歩いてるうちになんかええ雰囲気になって離れる間際にキスしたW 喫茶店でお互いの電話番号を交換してたんやが当時は携帯どころかポケベルすら無い時代だから当然 家の電話番号で誰が出るかわからない(笑) しかも嘘の電話番号の可能性もあるww 次の日に半信半疑で聞いてた電話番号に緊張しながら掛けてみたら ちゃんと本人と繋がったわw 他愛もない話をし次の休みに会う約束をした 休みの日当日会うのは二回目 映画を見て喫茶店で話しをして夕方早めの時間にまた家の方まで送っていくと 家に誰も居ないから上がっていく?と言われ 勿論上がり込んだ(笑) この時期の俺の頭ん中はエロエロクソガキだったから 部屋に入ってジュースを出して貰い 少し話すとまたもやええ雰囲気に(勝手にそうおもってるだけかもしれんが)なりキスして手を服の中に忍ばせ胸へ…痩せてるのにFカップあった昔のFカップだからかなりでかかった いちゃこらしてる内に親が帰って来る時間になり最後まで出来ず(まだ脱チェリーの心の準備も出来てなかったが)後ろ髪引かれる思いながら撤収(笑) また次の休みに会う約束をした 会うのは三回目 繁華街をぶらつき喫茶店で話をしラブホに行くことにw 電車に乗りラブホ街に
どのラブホが良いか全く知識が無かった(今の様にネット何て無い)ので悩みながら意を決して入ったラブホが これまた当時でもハズレなラブホで部屋までの案内に仲居さんが出て来やがんのww 少し読み返してみたが…やはり文才は無いなww 支離滅裂だわ 部屋に入ったら誰でもすると思うんやが部屋探検w なんせラブホ初めてやったからな 女の話しが本当なら処女と童貞やから興味深々w 少しハシャいだ後ベッドに並んで腰掛けて そっとキスして胸を触ってる途中で 女がシャワー浴びてくると風呂に行った ちなみにエロい描写は下手なので期待しないで下さいよ 女がシャワーからバスローブ姿で出て来て入れ替わりに俺がシャワーを浴びて出るとベッドに腰掛けて待っていた 再びキスをして胸を触り 顔を胸に近付けようとすると 恥ずかしいから暗くしてベッドの中でと あかん なんか方向性が変な方に変わっとるw やめとこ まあ こんな感じで無事に脱童貞&脱処女を果たしたんだわ なんせ15歳の時に覚えてしまったから 猿の如く会う度にヤリまくりだったな 16歳になって即教習所に行き速攻で中免を取って 400ccの新車をローンで買って雨の日も風の日もほぼ毎日乗り回してたわw ちなみに族ではないよ 当時ブームだった レーサーレプリカのバイク サーキットで走ってる様なヤツね バイクに乗るの事とバイトで働いて稼ぐ事がめちゃくちゃ楽しくなり 反面 元々勉強する事に疑問を感じてたのもあって 学校に行かなくなったわ 学校の中では 周りからは近寄りがたい存在だったみたいだわ 悪っぽく少し硬派みたいに思われてたみたいww 硬派がナンパなんかする訳ない(笑) まあ 真面目では無かったわなw 酒もタバコもやってたしな でも笑うのが大体学校でタバコを吸う奴らって吸う場所が定番過ぎるんよな 代表的なのがトイレの中、非常階段、体育館裏 この三カ所回ったら一人ぐらいは見つかるやろな 俺ってへそ曲がりだから そんな場所には行かず 周りから白い目で見られながら教室で吸ってたわww 見つかった事無し 結局 学校は辞めてバイト三昧の生活になったな バイクに女に遊びに金が幾らあっても足りないw この頃は兄弟は既に社会人になって働いてたし俺は乱れた生活してたから 顔を会わす事はめったに無かったな 親も放任主義だったから余り文句言われた記憶がないな 我が儘気ままだったから聞く気もなかったがな 今思えば 不思議と無職の時って殆ど無かったな 結構働くの好きだから何かしらバイトしてたな けど当時の時給は安かったな ほぼ今の半分位やったな平均450円位だったと思うわ 初めてのバイトは飲食店で時給600円だったな でも若い時にありがちなお金至上主義にだんだんなっていったわ クソガキが考えそうな事で楽して金を儲ける事を考えるようになっていったわ 18歳になって速攻で車の免許を取って バイトはより時給が高く楽して稼ぐ気満々で水商売の世界に入った 如何にもバカなガキんちょが安易な考え丸出しだわな(笑) 右も左もわからない状態からのスタートだから勿論そんなに簡単に上手く行くわけもなく…の筈なんだが何故か一人に気に入られて太客になってくれたわ 18歳で経験の無い一番下っ端だからルールも何もわからなかったから周りの年上の人達の話しを聞くのが楽しかったな 夜の店での話しだから大分誇張した話しにはなってるだろうが調度バブル末期位の話しだからスケールが大きかったな 浅はかなクソガキだったから誇張した話しを鵜呑みにして 安い時給で働いてるのが何かバカらしくなってしまってたな その時の太客の仕事は風俗だった 今風で言えばデリヘル 昔の名称ならホテトルだな 今では余り見かけなくなった電話ボックスにチラシが貼られてたヤツね 日に3〜5万稼ぎがあると聞いて一気に働く気力が失せたな だからバイトを辞めて太客の部屋に転がり込んで少しの間、養って貰ってたいわゆるヒモってやつw 太客の生活リズムに合わしてたから夜に仕事に送り 仕事から帰って来るまでは繁華街をウロウロして ある程度稼いだら帰って来るので それから飯を食いに出てそのまま飲み屋に行く 朝まで飲んで帰宅すると言う感じの生活だったわ やはり夜の繁華街をウロウロしてると自然と悪い仲間?友達?知り合いがしっくりくるな が増えてアホなクソガキの俺に上手い(悪い)話しを持って来よるんよな そこからお決まりのコースで裏の世界へいらっしゃ〜いやった(笑) 口が上手い人が多いから言葉巧みに引き吊り込まれたわw まあ嫌いじゃ無かったし興味もあったからな 好奇心旺盛だったからw 厳しかったが惹かれる所もあった 調度バブルが弾けるか弾けないかって時の事だから 裏の世界もちょいと不穏な争いが…まあ色々経験させて貰ったわw そうこうしてる時にとある事件が勃発して俺を含め数人が下手を打たされた 身内の上の者に絵を描かれて嵌められたんよな 理由は対外的にここはこんなに厳しく教育してると見せる為に… こんな理由で身内に嵌められてボコボコにされて なんか一気に熱が冷めてしまったな キチンと正式に抜けたんだが やっぱり身の危険を感じたので地元を離れ とある観光地で住み込みのバイトをした 金遣いが荒くなってたから金欠が辛かったな 最初の給料は一週間でほぼ遣ってしまったわww なんかこんなん書いてたら身バレしそうやな(笑) まあもう何十年も前の話しやから 誰も興味は無いやろww 観光地での住み込みのバイトも なかなか楽しかったわ 働きに来てる奴の中には訳ありも結構居たりしたわ(笑) 50代のおっさんと20代のねえちゃんの駆け落ちカップルとか借金で逃げてきたとかw 仕事が休みの日は車で市街地に出ないと遊ぶ所が無かったわ(笑) ナンパして飯食ってラブホ行ってw 住み込みで飯付やったから生活には金がかからんかったからなw 観光地では如何に退屈と戦うかやった(笑) 山の上での夜の星空は綺麗やったな あれは感動したわ 街の灯りが無いから普段見えない星までハッキリと見えてたからな こうやって思い出して書いてみると やっぱり俺は多重人格っぽいよな 基本は引っ込み思案で自分勝手な根性無しやのに ナンパが出来たわ 興味が有ることには行動力があってアグレッシブやわw 自分の欲望に忠実なだけか 自分の中で一つ決まり事があって 自分で悪いと思うことをする時は必ず単独でする事にしてた 人を信用してなかったって部分が大きいが 周りで失敗してる奴って大体チンコロされてるのが多かったからなw だからかどうかはわからんが運良く今まで国家権力のお世話にはならずに済んでるわ(笑) もう悪い事はしてないしなw そうそう若い時は 快楽も追求してたエッチ好きやったからな 何故か女を感じさせるのが凄く好きだったわ だから女をイカすにはどうしたらええか凄く研究したわww もっと違う事に興味があったら博士号取れてたかもw だから十代の時のエッチの時に言われた一言が「あんた おっさんみたいな攻めするな」ww
十代のがむしゃら感が全く無く 女の反応を見ながらのフェザータッチw 言葉で羞恥心を煽りながら感じる場所に集中させてw 経験浅い子達には「こんなの初めて」と言われたな(笑) とまあこんな感じでハマった事には研究熱心(笑) 俺的には 感じてるのが演技では無かったと信じておりますw 白目になって失神した子2人居たし 初めて失神された時は凄く焦ったわ 何回もイカし続けてたらいきなり白目になって気絶したから一瞬死んだかと思ったわ 即中断してほっべたを少しペチペチ軽く叩いて ようやくボーッとしながら意識を取り戻したわ 話しを聞いたら余りにも気持ち良すぎて何も考えれなくなり頭の中が真っ白くなって訳がわからなくなったとの事だったわ 自分で書いてて言うのも変やが こんなおっさんの昔話読んでる人居るんかね? 特に面白い訳では無いからな 居らんかもなw 今思い返すと書けない内容がたっぷりあるなw なんせ気になった事は体験しないと我慢出来ない性格だからなw ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています