エホバ3世だが半生を語ってみたい
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2ちゃんは10年くらいずっと見てたんだが、書き込むのは初めてで、不手際があったら許してほしい
レスがつかないから何かやらかしてるんじゃないかと今更少しびびってるw
続き
エホバの中では、俺は優等生で通っていた
注解(挙手して意見を述べる)も積極的にするし、親の期待にちゃんと答えた
父はいつのまにか、宗教内で奉仕の僕という役職が付いていた
元々奉仕の僕だったらしいが、母との離婚でおろされたらしかった(離婚はご法度、別居から5年粘ったが、母に離婚してくれなきゃ死ぬと脅され、しぶしぶ判をついたらしい。後に知る)
父の期待には応えたかった
だが、エホバの証人でいるのは苦痛だった
打ち明けるたびに鞭でしこたま叩かれ、いつしかあきらめた ならばと、俺は二面性のある生活を送ることにした
小学3年生くらいだろうか
宗教関連の友人の家で多重人格障害の本を読んだ
たぶんそのこの母親の本だと思う
24人のビリーミリガン?タイトルはうろ覚えだが、そんなやつだ
俺は心底そいつに憧れた
だって痛い時、苦しい時に代わってくれる奴がいるから
俺が鞭で皮膚を切り裂かれても、クラスメイトに気味悪がられていつもひとりぼっちでも俺はいつも俺だった
誰も代わってくれなかったから だから、ある日鞭打たれる時多重人格障害の真似をしてみた
不謹慎ですまん
ガキの俺はただ逃げたくてやったんだ
あの時もこれからもそういう病気で苦しんでいる人たちをバカにするつもりはない
父は苦笑して、容赦なく鞭を振り下ろしたw
今にして思えば当たり前なのだが、俺は万策尽きたと絶望を感じていたw
鞭打たれるのは本気で辛かったし、その時の父は獣じみていてこわかった(叔母は空気) 俺は俺でこの人生を生きていかないといけないとそう悟ったのが、我ながらおかしいがその瞬間だった
ならばと今度は自殺を考え始めた
そんな折、叔母がメル友の男と駆け落ちした
親や祖父母は知っていたらしいが、俺には青天の霹靂だった
1000キロ離れた地に行ったらしい
叔母は、俺にとって母であり姉であり世界の全てであった
父の絶対的な権力の前に、俺を庇うことはできずとも抱いて眠ってくれた夜もあった
まさに俺の太陽だったのだと思う
そんな人が俺に一言も残さず消えた
俺の世界は完全に砕け散ったと思った 1度目の母は物心なく消えたから、本当にあきらめがついていた
2度目の母はあきらめきれずとも、母ではないことが理解できていた
俺はどうしようもなくガキで無駄に大人だった
父と二人暮らしが始まった
自殺願望は相変わらずだったが、父を殺したいという気持ちがそこに加わった
父がいじめるから叔母が家出したのだと、そう思いたかったのだ
団地の5階から帰宅する父(車のエンジン音が判別できた)の頭上に包丁を投げ落として自分も身投げしようとして思いとどまる日々が続いた
思いとどまったのがなぜかと言われれば、こわかったのか父が好きだったのかそれはわからない
ただ実行しなかったというのが事実である 父はちょうどその頃夜勤の配送業で家を開けることが多かった
初めて深夜のテレビを見た
トゥナイト2、快感フレーズ、あとソフィアのライブCMでミサイルが流れていてその3つを鮮明に覚えている
父がいない時間に見る深夜のテレビが俺の唯一の癒しだった
俺もクラスメイトと変わらない暮らしが初めてできた気がした
食事はキムチとかインスタント焼きそばとか適当に家にあるものを勝手に食べた
インスタント焼きそばは俺が火を使うのを許されていた数少ない料理だったのでかなりヘビロテしたw
食べるものがないということはなかった
宗教関連の人が差し入れしてくれたり、祖父母がたまにきたりしてたから 最近法律勉強してて、輸血禁止とか武術格闘技禁止とかこんな人らおるんやあ思ったら日本にもおるんやな そんな二人暮らしが一年ちょっと続いたある日、唐突に叔母が帰ってきた
俺は中学生になっていた
後に知ることだが、叔母のいない一年間に俺が起こした問題行動(初めてキレて親、祖父母を殴り首を絞めた、万引きなど外での非行など)に恐れをなした父、祖父母が叔母を呼び戻したらしい
ちなみに親の首を絞めた件は、また全身鞭打たれミミズ腫れにされたときに、警察とか先生に言うって受話器を持ったら電話線抜かれてそうはさせないって羽交い締めにされて、ああこいつら悪い事って認識はあるんだなって思ったら、積年の恨みでもう止まらなくなってしまった) >>23
拙い文章だが、そういう人にもぜひ実例として知ってほしい 親や祖父母としては、叔母が戻れば万事解決だと思ったのだろう
ガキの俺はそうはいかなかった
一年少しとはいえ俺を置いて消えた事、異性と暮らしていた事、俺はそれを許せるほど大人じゃなかった
叔母には何も言わなかったが友達のような距離感で接した
叔母も以前のように母のように俺を叱ったりはしなかった
この頃から俺を大人として見始めたのか断片的に自分のことを語ってくれるようにもなった 精神的な病を患っていた事、どうしようもなく苦しかった事、幼い頃から兄(俺の父)に暴力をふるわれたり支配されてきた事、エホバの証人の人間関係がどうしようもなく苦しかった事、でも教義は信じている事、今までの鞭などもあなたのためを思ってやった事など
俺は、それを聞いてどうしたらいいか正直わからなかった
叔母はほとんど集会にもいかなくなって髪も金髪、暇さえあればPHSを弄っていた 俺は叔母に髪を染めてもらった
家族は外見には寛容だった
というかもうこの頃には先の一件から必要以上の口出しはされなくなっていた
学校のトイレで耳に安全ピンを刺した
何本も何本も刺した
制服は切ったり裾上げして改造した
タバコも覚えた
シンナーも吸った
おくすりもした
中学でできた友達はみんなヤンキーだったから、俺もそうなりたかった
ただそれだけ
でも先に決めた二面性を貫いてそのなりで集会は行っていた だが転機が訪れる
俺自身、友達もでき身体もそれなりに成長し自信がついたある日曜の朝、父に言った
「もうエホバの活動はしない」
父は怒り狂ったが、集会の時間も迫っていたためそのまま出て行った
俺も家を出た
行くあてはなかった
何日かは先輩の家に泊まり、そのあとは声をかけてきたやくざ?チンピラ?に飲みに連れ回され、部屋に泊めてもらった
初めてキャバクラに行ったw
ちょっと親のことも話した
そのおっさんは別れ際タクシー代までくれて見送ってくれた
いいおっさんだった また先輩に迎えにきてもらって、マック行こうぜってなって、マックに入った瞬間俺を探してた親と鉢合わせて、問答無用で車に引きずり込まれた
先輩は気の毒そうな目で俺を見たw
そのまま連れ戻された
俺は、エホバやらなくていいならここにいるって言った
親はしばし考え、わかったと言った そして次の日曜の朝、父はこともなげに言ってのけた
「集会に行くぞ」
1ミリでもコイツを信じた自分がバカだったのだ
乱闘になった
叔母が俺を初めて庇った
「この子と約束したこと守りなさいよ」って
震える涙目だったけど確かに言ってくれた
俺の母はやっぱりこの人だったのだと思った 長いと言われたので続きははしょるw
そのまま俺は家を出ました
流れ流れて長らく歌舞伎町の住人でした
刺青まみれのロクでもないクソガキで、路上で寝たり子を亡くしたり殺されかけたり危ない思いも苦い思いもたくさんしたけど元気です
結婚が決まって、でも小さな事で決意が揺らいでいたので、自分の人生振り返りたくて書きました
拙い文章にお付き合い頂きどうもありがとうございました >>33 すまんな、終わるまで書きたくなかったんだが、俺は女なんだ
さすがに逃げれんかったw >>36
続きといってもここからはエホバあまりでてこないしただ上に書いたような事しか書けないがいいんだろうか
今だに父と祖母は現役だが自分自身距離を置いてるもんで最近のエホバのことはわからないんだw 読みたいといってくれた人がいて嬉しい
つらつらと書いて行くが寝落ちしたらすまん
しばらくDQN話が続くんで嫌ならバックしてほしい
そうして家を出たんだが金もなければ年齢も13歳で働き口もない
数日は友人の家とか近くの小学校の校庭とかで寝たのだがさすがにきつい
特に校庭(というか校舎の影のコンクリ)は体が痛すぎて寝れたもんじゃないw
そんな折ナンパしてきたやつ伝いに彼氏ができた
実はこの前に先輩と付き合っていたんだが、ケータイを持たせてもらえず、家電はことごとく親にブロックされ破局したw
新しく出来た彼氏は7歳上で、仮名を太郎とするが今ならロリコンだと叩かれるけどとてもいいやつだった
安心して眠れる家をくれた
太郎は働いてたから毎日友達と遊んで来いってお小遣いもくれた
学校にはちゃんと行けと叱ってくれた
夜遊びも止めてくれた
俺、若い時に遊びすぎて学歴ないからお前には後悔して欲しくないって言ってくれた
すげーいいやつだった
でも元カノと浮気されたw そんなこんなで怒り狂った元カノにぼこぼこにされたりすったもんだあってまた家をなくしたw
今度は友達の家に居候して、年をごまかしてパチンコ屋でバイトするも親にバレてやめさせられたり、水商売に初めて足を踏み入れたり、色々あった中でまた彼氏ができる
仮名を二郎とする
二郎の家に転がり込んだ
子供ができた
愛おしかった
16になったら結婚しようなんて言ってたw
子供は急な早産で予定より二ヶ月早く生まれてしまい、そのせいで五日で亡くなった
泣いた死ぬほど泣いた
自分の命をあげられたらいいのにって思った
生き返ってくれたら自分はどうなってもいいと思った
冷たくなった我が子を抱いて歌を歌った
火葬場での小さなお葬式に、二郎と叔母と父と、そして母が来た 母は開口一番私に言った
「あなたがわたしの孫を殺したのよ」と
この先にも後にも、これほど深く傷つけられたことはないと思う
私が悪いのか、いやそうかもしれない、異変に気付いて救急車でも呼べばあるいは助かった命だったのかもしれない
わたしはただ泣く事しかできなかった
我が子と、これまで抱いて来た母への憧れと愛とすべてなくした瞬間だった その後すぐに年をごまかしてではあるが、私は水商売の世界に足を踏み入れ、そしてどっぷりハマっていく
毎日毎日来る日も来る日も酒を飲み酔っ払いの相手をした
血反吐も吐いた
これしかないと思い、まじめに働いた
持ち物は豪華になりお金にも困らなくなった
がむしゃらだった
恋もしたけど、仕事が一番だった
それはとても楽しくあっという間に過ぎた時間だった コンプレックスとか僻みはたくさんあったと思う
まわりの同級生達は高校に通い、将来の夢を見て、やりたいことをやっていた
私は、お金こそ彼らよりあったものの、根本的に何も持っていなかった
宗教に付けられた傷、虐待の記憶、進学もできなかったこと(勉強は好きで、弁護士になりたかった)、愛情飢餓
いろんなことが混じり合い澱のように心の奥底にたまっていたが、蓋をして仕事に打ち込んだ
でも、家族が欲しい愛が欲しい、どこかであきらめきれない自分がいた だから私は家族を作った
1度目の結婚
筆舌に尽くしがたい暴力を受けた
ナイフが飛んで来たり歯を折られたり、髪の毛だけ掴まれてアスファルトを引きずり回されたり、車で轢かれそうになったり、真冬の山に置き去りにされたり
おまけに彼は働かなかった
ギャンブルもした
お金はあればあるだけ使った
生活が苦しくなった
体も心も痛かった
でも小さい頃の方が辛かったと思う だが、さすがに限界がきた
お店のオーナーに相談して、寮を借りてもらい夜逃げ同然に家を出た
殴られない生活はホッとした
よく、仲の良い同僚と仕事終わりに食事に行った
楽しかった
また仕事に打ち込めるようになった
平和だったが長く続かなかった お店の経営方針が変わり顔ぶれも変わり、仕事が途端にやりづらくなった
自分の中で何かがプツンと切れた
オーナーに辞めますと伝えた
別に次のあてもなかったし貯蓄も大してなかったけど、なんだか少し疲れて休みたくなった
いつのまにか20歳になっていた
引き止められはしたが、頑として意思は覆さなかった
ラストイベントはたくさんのお客様に恵まれて今でも思い出と呼べるものだ
今でも時折写真を見返して懐かしんだりもするw しばらく休んでいる間に、お客様から雇われで店を持たないかという話を持ちかけられ、承諾して始めたものの、前のお店のオーナーが話が違う金を払えと脅しをかけてきた
この世界でしか生きていけないと思っていた私にはとても嬉しい話だったのに、うまくいかない運命を呪った
自分の人生、何をやってもうまくいかない、いつも邪魔が入ると
今となっては自分の詰めが甘いからだと一笑に付す話なのだが若かった自分は思い悩んだw そして私は心機一転、上京しようと思ったw
まあ、その以前に東京に遊びに行った折にツテなどもできたからなのだが、思い立ったが吉日すぐに地元を離れた
すぐに歌舞伎町で適当にスカウトをされて、適当なキャバクラに入店した
ボロいなりに寮もあったし、同僚もいい子ばかりで仕事も順調だった
すぐにナンバーにもなった
サクサク書いてはいるけど、ほんとはすごいびくびくしてたw
ただ、もう帰る場所はないし進むしかないって強くなれた
給料は地元と桁違いだった
二ヶ月目で給料袋が立った
普段愛想なしの店長が俺より給料いいじゃんかよって笑ってたのが何故か印象に残ってる しがらみもないその街で私はとにかく今までの鬱憤を晴らすように遊んだ
同僚や友達とよくホストクラブにも行った
服やバッグも買いまくった
寮も出て綺麗な部屋に移り住んだ
楽しかった、毎日すごく疲れたけどすごく楽しかった
歌舞伎町はとてもエネルギッシュで今でも好きな街だ でもまた糸がプツンと切れた
仕事を辞めてしまった
お金は生活していく分にはなんとかなった
ただダラダラ過ごした
日がな一日ゲームをしたり、ゴロゴロしたりしていた
友達とも遊んだけどすぐに疲れてしまいダメだった
燃え尽きに近かったんだろうか
途中一時復帰したものの、いろいろとありすぐにやめてしまった
やる気、バイタリティなどはもうカケラも残っていなかった 精神安定剤漬けになったりもした
このままでは何も進まない、でもだからと言って何もできない自分が情けなかった
家を出てからずっと走り続けて、ちょっとガス欠だっただけだろうが、そんな無為な日々は割と長く続いて、だらけきっていた日々の中で、先に書いた婚約者と出会った 普通の人、それが彼の印象である
昼間働き、夜眠り、規則正しい日々を送る、物腰の柔らかい人
彼に出会って初めて思った
いや、もともと思っていたのかもしれないが、普通の人と普通の暮らしがしたいと 幸い彼は私を好いてくれた
私も彼を好きになった
付き合って少しして一緒に暮らし始めた
もう数年が経つ
たくさん喧嘩した
過去も打ち明けた
お互いの悪いところもきっと嫌という程知っている
だけど彼との日々は私の人生の中でもっとも光に満ちていてまっすぐでかけがえのないものなのだと思う
朝起きて、夜眠り、家事をして他愛もない会話をして
でも、今日も今日とて大げんかで、将来が不安な時も沢山ある
それでも、今まで歩いてきた道が今ここへつながっているから、家を出てからの人生はすべて自分で選んできたから大丈夫だと、そう自分に言い聞かせてあげたくてこのスレを立てました
終盤少し駆け足でしたが、長い時間お付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました
皆様にもたくさんの幸せがありますようお祈り申し上げます 余談ですが、叔母とは仲良しです
父ともいい距離感で過ごしていますw まあ今を幸せだと思えるなら万々歳なんじゃないかな
読んでる限りでは今までいろいろあった分幸せを大切にする思いとか他者を尊重する思いは人一倍あるだろうからきっとこれからも上手くいくと思う
まあ他人の無責任は感想だからあてにはなんないだろうけどwww
とにかくこれからも強く生きていって下さい 幸せな家庭生活をおくれるといいな
彼氏が変な奴でない限り大事にしてやって エホバの商人勘弁してくれよ(-_-;)
団地の家の扉にパンフレット突っ込みやがる
度々家に来るし 同じような環境で無償の愛を受けずに育ち心を壊されて
愛すことや愛されることがわからずに苦しんでいる人を救うにはどうすればいいと思う?
今が本当に幸せなら、彼ら、彼女らと、あなたとの違いはなんだと思う? >>1こうゆう上辺だけの信者が宗教の評判落としてんだよな 宗教はアングラな部分なんだからわざわざ書き込まないでこっそり信仰してろ
信仰できないなら辞めたらいいだけ >>7
> 白羽の矢が立つとは、多くの中から犠牲者として
> 選び出されることのたとえ。 転じて、多くの人の中から
> 特に選び出されることのたとえ。
たった2、3人で白羽の矢はねーわ なんかいっぱいレス来てるありがとう
>>56 >>57
ありがとう、彼氏大事にする
>>58
両親ともに派手な顔立ちだがあまり似なかったなw
>>59
迷惑だよな
そっと捨てるしかないが >>59
自分はまずカウンセリングに通った
それから禅の思想に助けられた
詳しくはOSHOでググってみてほしい
あと親族以外のまわりの人間に恵まれていたかな
でも、何より本人が腐らないのが大事
変わりたい、幸せになりたいって意思がなきゃまわりがいくら何したって救えないと思う >>60
現役の方かな
自分で望んで信仰したわけじゃないしもちろんとっくにやめているよ
身の上話を書いただけだが気に障ったならすまんな >>61 ありがとう、優しい言葉嬉しい
>>62 学がないもんで、日本語の間違いなど多々あるだろうが、読みにくくてすまんな
国語は好きだったんだが文才ないの悲しいw 意識を遠くに飛ばして 今起きてることは第三者としてみるという虐待された子と同じ精神状態なわけだ >>64
禅!ほんとに今は幸せなんだね 良く分かった
突き詰めたら本人の資質によるとしか言えなくなるでしょう?
それをなんとかして越えたいんです ご結婚おめでとうございます。
壮絶な人生ですね。
彼氏さんと幸せになってください。 1さん、本当に大変でしたね・・。そして、本当によくガンバった!! あなたの生き様は、マジで素晴らしい、美しいとすら思います。
自分も、毒親JWの元で育った元2世で、10年以上経つ今でも後遺症に苦しみまくってるから、不運にも幼少からたまたまあの環境に生まれついてしまうと、
トラバサミに手足を喰い付かれた動物のように、ボロボロのサンドバックになってしまうことが、よく分かります。
1さんにとって結果的に一番良かったのは、相当キツかったろうけど、手遅れにならない早めの時点で、「キッパリ家を捨てた」こと。
JWってのは、あらゆる巧妙かつステルスな方法で、脳と意識を侵食してくる悪質な寄生生物みたいなものなんで、JW家庭に生まれ堕ちた人は、「親を捨てる」をどこかで思い切って断行しないと、ズルズル影響を受けてしまって、
間違った思いやり・忖度を自発的にするよう仕向けられてしまい(←これが本当に巧妙でヤバイの!)されてしまい、結果的に人生が大ケガをすることになるよ。
間違った優しさゆえに、これができなかったことが、自分の人生の最大の失敗だったと常々思う・・。
1さんはきっと、感覚的に鋭い賢い人、生命力の心が強い人なんだろう。だから、それだけの虐待を受けて育ちながら、芯だけは狂わず、早期の時点で、一番キツイけど一番正しい選択に踏み切れた。
オレはそこを取り返しのつかない大失敗してしまったし、もう生きるの自体にホトホト疲れ果てて嫌になっちまった・・ >>65
何が気に食わないか気付かないから書いとくわ
『現役の方かな』これが馬鹿にしてんだよ。
俺は無宗教だから人が何かに信仰する(できる)のはすばらしいことだと思ってる
自分なにか感じ違いしてるけど悪いのは宗教じゃなくてお前の親だからな >>72
素晴らしいとおもってるならすればいいじゃんwww エホバに関しては宗教も悪いだろう
子供が物心つく前から洗脳することを推奨してるのだから
信じられないなら辞めればいいだけというのは、自分の意思で入信した大人にのみ当てはまる話だ >>76
って、思うでしょ。この人は3世だから親が完全に洗脳されたてたんだと思う
子供が嫌がれば宗教の信仰を強制しない親も少なからずいるんだよね >>75
信仰もしないのに信仰できる人は素晴らしいとか意味がわからんのよww >>77
嫌がられないように、物心つく前から洗脳しろというのがこの宗教の放心だから、それを批判している >>81
俺の思う洗脳とちょっと齟齬あるのかな?抜けたいって思わせない風に洗脳してる意味なら悪だけど
別に宗教自体が誰かに迷惑かけてるわけじゃないと思ってるんだが 若い内に辛酸なめてきた>>1ならきっと良いお母さんになれるよ 俺も2世だけど今41歳の童貞だわ
結婚できるってすげぇな 1が憧れたビリーミリガンと同じ多重人格(解離性同一性障害)の患者です
解離に憧れるとかふざけんなこのやろと思って読んでたけど、辛い環境から幸せを掴めた1がうらやましい >>64
和尚というカルトがあるのだが、まさかそれではないだろうな。ラジニーシと言うのだが。
日本ではエホバ、統一協会(世界平和統一家庭連合と名前を変えた)、アレフがカルトの有名どころだが、
有名でないところが安全というわけではないぞ。
カルトからカルトを渡り歩く人間がいるから、そうではないかと疑ってしまう。 >>67 そうなのかな、よくわからないがたしかに客観的に見る方が気楽ではあるかな >>68 資質というか、まわりが手を差し伸べるとすれば、人生は楽しくて生きる価値があるって気づかせてやることかなって思う
そういう人はつまづきやすいから(自分がそうだった)かなり根気がいると思うが、いつか気付いてくれると思う
事情がよくわからないのでたいしたこと言えなくてすまない >>69 >>70
優しい言葉をありがとう
幸せになるよ! >>71
素敵な褒め言葉をありがとう
実際は泥にまみれた野良犬という言葉がふさわしい生き方だがうれしいよw
本当に組織は巧妙だよね
苦しい気持ちも手遅れだと思う気持ちも痛いほどわかるが、自分は>>71に生きていてほしいと思うぞ
いいことはこの先絶対あるからさ
しんどい時は無理しないでゆるくいこうぜ
うまいこと言えなくてすまんな
同じ境遇の人が書き込みしてくれてうれしかった ちょっと風呂が沸いたからまた上がったらレス返すね、すまん行ってくる 親の宗教で苦しめられた気持ちは体験した人にしか分からないからなぁ。
自分は創価の2世で親がそれは熱心な学会員で家出るまで苦しくて毎日死にたくて仕方なかったよ。イッチ程の修羅道は歩まずに
済んだけどまともな人間に育ったとは言い難い 風呂上がった!
>>72
馬鹿にしてるように聞こえたなら謝るよ、悪かった
ただそうなのかなって思っただけだ
自分は親が悪くないと書いたつもりはないぞ
親は毒親だと思う
ただ最近老いて丸くなってな、連絡を取るたびに母と私にすまなかった悪い事をしたと謝られるんだ
私にも情はあるんで許したよ
でも組織からは謝罪がないので、組織のことの方がやはり悪く書いてしまうよ
人情だろうな
宗教すべてを否定はしないがエホバは本当に危険だぞ
あまり知らないなら、大ちゃん事件と北海道のムチ死亡事件をググってみるといい
実際に教義のもとに幼い子供の命が失われている >>73
それは自分も思ったw
庇ってくれてありがとな! >>76
そうなんだよね
あの組織の洗脳は巧みだ
庇ってくれてありがと! >>83
そう言ってもらえて嬉しい
子供は怖くて持つ気はないが縁があったらかな >>84は現役?
二世だと異性と関わるハードルが高いよなあ
いい出会いがあるように祈っとくね >>85
不愉快な思いをさせてしまってすまない
どんな病気も苦しくて辛いもんな
ガキですまない
>>85が幸せ掴めるように祈っとく >>86
そう、それだ
と言っても入信しているとかじゃないんだ
OSHOのカードのアドバイスが優しくて好きなだけでな
自分を大事にすることを教わったが、それ以上でもそれ以下でもない
もう宗教はまっぴらごめんだよ
寺社仏閣は好きだがなw >>93
そうだよなあ
死なないでいてくれて今こうして話ができて嬉しいよ
創価の知識は全然ないんだが、やっぱカルトはどこも似たり寄ったりなんだろうな >>102
こちらこそ似たような体験してる人は少ないから出会えて嬉しい
共通の特徴として、まず自分達の信仰してる宗教が一番正しい、それに反するもの、
受け入れない人は間違っているってのが大前提にあると思うわ。だから信仰させるため
なら何でもするし、他者の考えを尊重せずに教義を押し付ける。ここについてはどこも似たようなもんだろうね >>103
なるほど、そこはまったく一緒なんだな
寛容さがないし、ハマったら最後本当に人生狂わされるよね
救われてる人もいるんだろうが、押し付けはやめてほしいよなあ >>104
宗教のもとの教義自体はきっと人を幸せにするために作られたものなんだろうね
布教のために組織化すると中身がどんどん悪くなるって皮肉なもんだわ >>105
そうだね
どうしてもお金を集めなきゃならなくなるからね、仕方ないけど悲しいな ワイはプロテスタントやで
エホバと違ってほとんどなんでもありやで この3世マジで何も知らなすぎ 会衆の長によって教え方も違うし愛の鞭は間違いだったって認められてる
エホバの証人は確かにカルトだし関わらないにこしたことないけど無知が全体知ったように言うのは良くない >>98
とっくに辞めてるよ
子供の頃は親に嫌われないために
信仰心のあるフリしてたけど
高校生にもなったらそれにだんだん耐えられなくなってきて
19で離れてあてどもなく家を出たわ
でもカルトにすがらないとやってらんないって親の気持ちも
今となってはわからなくはないわ
いろいろと不安だったんだろうな
エホバ続けて落ち着いて生きていられるならそれが一番いいんじゃないかって思うわ おれんちは鞭じゃなくて
モップかなんかの柄だったわ
尾てい骨に当ててくるから鞭より危険だと思ったわ 集会始まると15分に一人くらいの割合で
ぐずりだしたり居眠りする子供がいて
その度にママ姉妹が便所に子供連れ込んでベチベチピシピシケツ叩く音と
子供が泣き叫ぶ声が聞こえてくるんだよな
そしてスピーカーからはステージで聖書の話する兄弟のやさしげな声
そのハーモニーww
大会の時は市民ホールとかの会場でやるから便所でケツ叩く音と鳴き声が
ホールの廊下中に共鳴して響き渡るんだよ
ガキの頃はそれが日常だったから気にも留めてなかったけど
世間一般の感覚では異常な空間なんだろうなあれ >>110
>子供の頃は親に嫌われないために
>信仰心のあるフリしてたけど
>高校生にもなったらそれにだんだん耐えられなくなってきて
>19で離れて
ここまで自分と全く一緒でわろた 俺は創価3世で小学生の頃からもう疑い始めててネットが普及した中学の頃に確信に変わった
でも末端の人たちは個人個人はいい人多くてつかず離れずで当たり障りなく過ごしてきたけど成人してから父親と殴り合いの喧嘩になったわ
信者同士で結婚したので母親も熱心な信者だが母親は寛大で助かってる
祖母も熱心な信者で小さい頃のお年玉に毎回新聞の切り抜き入れてくるような人間なので死ぬまで祖母の家には行かないと決めてる
正直葬式も行きたくないと思ってる 「公平世界仮説」を調べてみると良いよ
後は宗祖に戻る事 協会や宗教ではなくてね 後は歴史を学ぶこと
僕はイエスも日蓮も尊敬してる ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています