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3 新ヘブリデズ群島

・・・1768年フランスのブーゲンヴィユはサントとマレクラの両島の間を通り抜けて、キロスの南方大陸説を覆えし、
更にクックは、本群島の大部分を精査した。
爾後、19世紀に入ってからは、白人の捕鯨船、ココナットや檀木等の掠奪船、又奴隷徴募船等が盛んに寄港し、
ギロスの夢みた南海のエルサレムは、罪悪と争闘の世界と化した。

1839年南海諸島の巡回布教を企図したジョン・ウィリアムスとジェムス・ハリスの両伝道師は、
エロマンガ島上陸早々、その海岸で土人に蒸焼きにされて啖われてしまった。
恰もその数日前、白人の貿易船が来て酋長の子を銃殺したため、土人は激昂して居たのであった。
1824年3隻の英船がヴァテ島に寄港したが、多くの果実や蔬と2百頭の豚を掠奪し、抗拒する土人20余名を殺した。