>>73
通信の遮断されていた択捉島では、ソ連軍の侵攻は寝耳に水で、
米軍が占領しに来たと思っていたら、いきなりソ連軍の攻撃にさらされました。八月二十八日の事です。

色丹島には九月に入ってからの九月一日、国後島には九月二日です。
歯舞群島の志発島には九月四日、多楽島には九月六日というように、
我が国ではなく国際社会から見て完全に戦争が終わったとされている九月二日以降に侵攻され占拠されました。

尚、国際的には島では無く低潮高地ですが、灯台が築かれていた歯舞群島の貝殻島に至っては、
千九百五十七年にソ連国境警備隊が上陸してきました。
既に中間ラインを引かれた後で、実態としてソ連の占領下にあった事もあり、
この時、日米安保は発動されず、米軍は全く出動しませんでした。