「大阪人は納豆嫌い」という“常識”はもはや通用しない。
実は納豆に対する大阪市の家庭の支出はこの30年余りで4倍超に増え、近年も高い伸びを示している
。大阪の街頭で聞くと、ほとんどの人が食べており、過半数の人が「納豆が好き」と回答した。納豆は関
西でもコンビニエンスストアやスーパーで売られ、日常的な食材の一つ。江戸時代には関西で食べられ
ていたとする文献もある。なぜ、関西で納豆が嫌われると思われる一方、近年は好かれるようになった
のか。

一昨年出版された石塚修・筑波大教授(日本文化研究)による「納豆のはなし 文豪も愛した納豆と日本
人の暮らし」(大修館書店)では、江戸時代の文献に、納豆が現在の京都市下京区内で出回ったという
記述があることを紹介し、「『関西には納豆を食べる習慣がない』というステレオタイプの俗信は真実では
ない」と指摘している。

では、なぜ関西であまり食べられなくなったのか。
同書では、関西の納豆は「自家製が中心」で、「農村部での自家製造が衰退するにともなって食べられ
なくなった」とし、「納豆の食品としての流通経路が関西圏では構築され」なかったことを挙げている。

これに対し、江戸・東京では、「なっと、なっとう」と納豆売りが練り歩く光景が日常化し、業者による製造
と流通の経路が確保されていた。

石塚教授は取材に、「関西であまり納豆が食べられなくなったのはおそらく高度成長期以降だろう。親世
代が食べないと、次世代は食べなくなり、その次の世代は存在も知らなくなる。その間はざっと約30年だ。

関西を含めた農村では、田んぼのあぜで大豆をつくり、その大豆からみそや納豆をつくったが、その
習慣がなくなり、食べられなくなったのだろう」と説明する。

https://www.sankei.com/premium/news/181020/prm1810200006-n1.html