【新潮45】「アベ」が左右の感情を昂らせる理由 古谷経衡氏が「呪詛」と「信仰」の基底を解説

新潮45 2018年6月号掲載

 かつてこれほどまでに総理大臣「個人」が取り沙汰されることがあっただろうか。その基底にあるものは憎悪か、偏愛か――。
「アベ」の2文字が、左右を問わず人々の感情を昂ぶらせる理由を古谷経衡が解説する。(以下、「新潮45」2018年6月号より、転載)
 
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 なぜ安倍内閣はこれほどまで、左右の人々を感情的にするのか。「アベ」の2文字を出しただけで反安倍勢力は沸騰激怒し、
「安倍」の2文字を口にしただけで保守派は救世主降臨のごとき恍惚とした微笑みを浮かべる。左右からこれほど呪詛と信仰の対象になる一国の宰相を私は観た事が無い。

 上方落語の有名な演目で「百年目」というものがある。40を過ぎて独身、堅物の番頭・次兵衛はその完璧さ故に奉公人からも陰口をたた
かれる有様であった。しかしこれは次兵衛の表の顔。裏の顔はたっての遊び人である。そしてついに向島で芸者遊びをしているところを偶
然店主に発見されてしまう。罰を受けると戦々恐々としていた次兵衛を店主は逆に褒めちぎる。遊びも出来ない人
間が人の上に立つと、店の雰囲気が険悪になってしまう。ほどよい遊びが四角い空気を丸くする。お前もずいぶん立派になったものだ。
これで暖簾分けも心配ない。「遊び」はおおいにやってくれ――。要するに、完璧主義者で遊びの無い人間は下の者
から人徳を得られない、という上方商人の知恵である。この噺は第2次安倍政権の現下における左右対立の状況を驚くほど反映していると言わざるを得ない。

 憲政史上的に、第2次安倍政権は驚くほど完璧である。5年半続いている現政権で、5度の国政選挙(衆議院3回、参議院2回)が行われた。
この5戦で安倍政権は5勝。1980年代から現在に至るまで、5年を超す長期政権は中曽根と小泉と安倍の三つだけだが、中曽根と小泉はそれ
ぞれ1回、国政選挙で敗北している。これに比べて全戦全勝、議席占有率でみても前二つの長期政権と比べて安倍
政権は勝利の中身が「圧勝」に近い。憲政史上初めてに近い常勝政権が安倍政権なのである。

 加えてその政策の純化度合いが尋常では無い。清和会(細田派)を母体とする安倍政権は、3次改造内閣で保守本流の岸田派(宏池会・
保守リベラル)を閣内に大きく取り込んだが、基本的には政権発足後から直線的に、清和会的親米タカ派、構造改革路線を突き進んでいる。安倍政権に批判的な勢力からすると、現政権には「遊び」が全くないものと映る。

 中曽根内閣は、中曽根自身が旧海軍少佐出身で改憲主義者であり「戦後政治の総決算」を主張して国鉄、電電公社民営化など新自由主義

的な路線を推し進めた小さな政府路線ののタカ派だったが、官房長官に後藤田正晴というハト派の大目付が居た。これが為にイラン=イラク戦争における自衛隊派遣にストップがかけられ続け、憲法改正など夢物語だった。



イカソースで
https://www.dailyshincho.jp/article/2018/05180620/?all=1