「この夏を、もう1回やりたい」。高校3年だった木内竜大(たつひろ)さん(現在25)は、応援スタンドに駆け寄りながらこんな気持ちになった。

 2014年、最後の広島大会は4回戦で敗退。いちばん濃い時間を過ごした夏を、指導者として再び味わいたくなった。

 「教員になろう」

 それから5年。物理教諭として初めて赴任した広島県立三原高校で、野球部の監督を任された。「22歳で監督、できるんかな」。戸惑いつつ、高校時代の恩師の指導を思い出しながらグラウンドに立った。

 「もっと声出せよ!」。ノックを受ける部員の声が小さければ、げきを飛ばした。練習試合でミスをすれば、交代させてベンチに戻した。

 「理不尽や苦しいことに耐えられるようになってほしい」。緊張感を持たせ、勝ちにこだわった。だが、最初の夏は1回戦敗退。何より、部員との間に「溝」を感じた。

 2年目の夏、ノックをしながらふと思った。「声って出さないといけんのんかな」。担任を受け持つようになり、勉強や行事に一生懸命になる生徒たちと過ごしながら、考え方が変わり始めていた。

 「任せていいんだな」

 そう気づき、野球部への関わり方を変えた。ミーティングは、まず部員だけで話してもらおう。自分の意見は最後に言えばいい――。

 そんな信頼が、成長につながった。

 新チームになった昨秋、エースの松田凜(りん)君(3年)には課題があった。試合でストライクが入らなかったり、エラーが出たりすると不機嫌になり、それが顔や態度に出た。

 「松田はチームの土台。でも、1人で抱えて崩れることがある」。主将の大田凪葵(なぎ)君(3年)は遊撃の守備につきながらエースを気にかけていた。「態度に出てるぞ」。チームプレーを意識してもらおうと、積極的に声をかけた。

 「なんで自分にばかり言うんや」。そんな不満を口にしていた松田君は、下級生を教える立場になって変わった。

 監督は細かい指示を出してくれない。投手陣をどうまとめていくか。ブルペンでの練習メニューを考え、声をかけて励ましながら気づいた。「自分だけでやろうとしてもだめだ」。チーム全体のことを考えるようになり、大田君の気持ちもわかるようになった。

 4月の春季県大会。マウンドの松田君は、チームメートから声がかかると冷静に周りが見えた。準々決勝までの全3試合で完投し、23奪三振。一回り大きくなった姿を見せた。

 「自分たちには得点力が足りません。打撃やバント練習に力を入れます」

 5月、木内さんは主将の大田君からこう伝えられた。4強入りを逃した春季県大会で、どんな課題が浮かび、それをどう克服するか。部員35人だけのミーティングで出した結論だった。

 得点力が弱い。バントを絡めたサインプレーをもっと練習しなければ――。木内さんも同じ考えだった。それを監督が言わなくても、自力でたどり着いてくれたのがうれしかった。

 監督になりたてのころは「勝つことばかり考えて、生徒を見ていなかった」。いまは、部員の方から考えを伝えてくれる。どんな指導が「正解」なのかはわからないが、意見を聞き、自分の考えを伝えるときは「なぜ」を丁寧に説明するよう心がけてきた。

 「チームが一つの方向に向かっている。せっかく生徒たちと年が近くて若いから、それを強みにしたい」

 自分らしさを追い求める目に力がこもった。

 これまでの価値観にとらわれず、自分らしさを追い求める。Z世代と呼ばれる10代〜20代半ばの若者たちには、そんな特徴があるとされる。夏の高校野球シーズンを迎え、それぞれの球音をたどった。(松尾葉奈)

https://news.yahoo.co.jp/articles/a1edabd0e4f072e2e576e4307fe856f8c1e0d883