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現在はつながりがない人間がプラスのイメージの話をするのがベスト

宇多田ヒカルの初代ブレーンが語る大ヒット確信の瞬間
https://bunshun.jp/articles/-/2097
ブレーンとして宇多田ヒカルのデビューにかかわり、平井堅やCHEMISTRY、EXILE、JUJUなどのプロデュースでも知られる音楽プロデューサーの松尾潔氏(47)が、当時の鮮烈な思い出を語る。
・15歳とは思えない意識の高さ。やることなすこと気が利いていて、誰もがその魅力に引き込まれていく。あの頃は、まるで宇多田ヒカルを中心に世界が回っているかのようだった
・後に『Automatic』のカップリングとなる『time will tell』という曲に魅了され、オフィシャルライター業務を中心としたブレーンのひとりとしてプロジェクトチームに参加
・彼女がまだ15歳であること、そして藤圭子さんの娘であることは、あとから知らされ、驚いた
・詞にはどこか日本的な切なさ、恋愛の普遍的な心情が描かれていた。あきらかにフィクションなのに一粒のリアリティがある。15歳らしさと、大人びた視線の両方を合わせ持っていた
・洋楽的でありながら、マニア向けだけにおさまらない開かれた感じがあった

【発掘!流行り歌 徒然草】椎名林檎「ここでキスして。」(1999年) 年配には受け入れにくい「違和感」は大化けの予兆 デビュー秘話
https://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20160607/enn1606070830001-n1.htm
篠木雅博。徳間ジャパンコミュニケーションズ顧問。1950年生まれ。渡辺プロダクションを経て、東芝EMI(現ユニバーサル)で制作ディレクターとして布施明、アン・ルイス、五木ひろしらを手がけた。徳間ではリュ・シウォン、Perfumeらを担当した。
・九州エリアの宣伝マンが椎名をぜひ担当したいといってきた。自身は音も聞いていなかったが、情熱をもって行動する若い社員が珍しくなっていたから、即座に獲得を指示
・実績のある外部ディレクターに現場を任せたら作品にはかなりの手直しが必要とのことだった。しかし、本人が強烈に拒否したため、断念するしかなかった
・自分もディレクターと同意見だったが、これほどの違和感を抱かせる作品に出会った経験がなかったので、ひょっとしたら、これは大化けの予兆かもしれないとも思った
・フォークソングのスピード感を出すため、吉田拓郎がよく使っていた16分音符の並ぶメロディーを聞いた父親が、「こんなもの歌じゃない」と言っていたのを思いだし、僕もそれだけ年を取り、感覚がずれてきたのかもしれないと素直に思ったから
・個性を生かすには自由にやってもらうしかないと判断し、アレンジャーとしてベーシストの亀田誠治を紹介してあとは2人の作業に委ねた