水の中に落ちた一滴のインクのように、小さなミスは一瞬の間に大きなチャンスに広がった。

 0−1と報徳学園が1点リードされて迎えた3回裏、2アウト走者なし。打席には、前の試合で3二塁打と大暴れした1番・小園海斗。マウンドには愛工大名電の先発、変則左腕の室田祥吾が上がっていた。

 小園は第1打席に続いて、追い込まれ、室田の低めのワンバウンドする変化球に手を出し、空振り。

 第1打席は捕手の粟田千宙が投球を体で止めたが、この打席は、後ろに逸らしてしまう。小園はもちろんそれを見逃さなかった。振り逃げで出塁し、2アウト一塁。

「僕が塁に出れば、得点になることが多いので」

 粟田は小園対策をこう明かす。

「高めの速い球を見せて、低めのボールになる変化球を振らせようと思っていた」

 低めとはいっても、普通の低めではない。室田が言う。

「最初からワンバウンドさせるつもりで投げました。ベースの前ですからね。キャッチャーは責められないです」

■ノーサインで走るグリーンライト。

 2アウト一塁。守っているときでも攻撃しているときでも、小園がグラウンド上に立つと、ダイヤモンドが小さくなったかのような錯覚を受ける。それくらい動きがダイナミックで、しかも速いのだ。

 50メートル5秒8と超俊足の小園は「グリーンライト」だ。つまり塁に出たらノーサインでいつでも走っていい。東兵庫大会では1個しか盗塁を記録していないが、それは「長打が多かったから」だ。

 スパイクは試合専用の軽量型ものを愛用している。

■7キロ増やしてもスピードは増した?

「絶対に走ってチャンスを広げてやろうと思っていた」という小園は盗塁を決め、2アウト二塁。さらに次打者が安打で続き、一、三塁。三塁走者となった小園は、室賀の暴投で、瞬く間に生還する。

 監督やコーチに「体が細いと上(の野球)では通用しない」と言われたという小園は、この冬、7キロの増量に成功した。それでもスピード感は失われていないどころか、さらに爆発力が増したような気さえする。


 小園の得点で同点に追いついた報徳学園は、この後、3四死球をからめるなどして3回だけで一挙に4点を上げ、主導権を握った。

 県大会における小園の打率は3割3分3厘だ。プロ注目打者の地方大会の打率としては少々、物足りない気もする。しかし、控えの森本龍治が「活躍した印象しかない」と話すのは、打つだけでなく、勝負所で必ず勝利に導く仕事をするからだ。

 報徳学園の地方大会におけるチーム打率は2割7分2厘で出場校中ワーストだ。それでもここまで勝ち進んでこられた理由の1つがわかった。

 4回から熱中症の症状が出始めたという小園は、高校では「記憶にない」という3三振を喫する。

「ボーっとして集中力がなくなってしまった」

 そんな「最低の日」でも、存在感を見せつけるところが小園の非凡さだ。

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