閉幕後1週間たっても、ネット上でその感想が熱く語られている野外の音楽イベントがあります。新潟県湯沢町の苗場スキー場で7月27日から3日間にわたって開かれた「フジロックフェスティバル」です。

この地で開催されるようになって20年。時には雨風が容赦なく吹き付け、誰もが「過酷」と言うもののまた来てしまう魅力から、あのボブ・ディランも自分から「出たい」と言った裏話まで、お伝えします。(新潟放送局ディレクター 竹井よう子・赤星貴晃・吉村鴻大郎/ネットワーク報道部記者 木下隆治)

■フジロックに初参戦!

■不便の中で音楽を楽しむ

■伝説の初回 耳から泥が!

フジロックの伝説の1回目を、私(木下)は知っています。当時は高校1年生、6歳上の兄と2人で初めての野外フェスに臨みました。

会場は今とは違う富士山のふもと。場所取りを考え前日から会場入りした私たちを待ち受けていたのは台風とともに降る冷たい雨でした。翌朝演奏がスタートするまでには、すでに多くの体力を奪われていました。

しかし、1組目のバンドがステージに現れると、待ちかねた観客が一斉に波打ち、興奮のるつぼと化しました。雨で緩んだ地面は、観客の足に踏まれて、田んぼのようになっていました。跳ね上がる泥、観客の熱気で立ちのぼる湯気、泥と汗が混じって広がる鼻をつくにおい。

夜、最後の「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」の演奏が終わったあとは、テントもなく泥まみれで、震えながら夜が明けるのを待ったことを覚えています。家に帰ったあとも、しばらくは耳から泥が出てきましたが、それもいい思い出です。

■やっぱり台風来た!

■ボブ・ディランが「出たい」

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ことしの最も大きな話題の一つは、ノーベル文学賞を受賞した伝説の男、ボブ・ディランの出演です。それにしても主催者の日高さんは、ノーベル賞の授賞式さえ欠席した男をどうやって呼び寄せたのでしょうか?

「実は3、4年前にもフジロック出演の話を持ちかけたことがあったが、直前で『やっぱりやめた』と白紙になった。そしたら今度は、自分から『出たい』と言い出したんだよ。最初は『うそつけ』と思った。ちゃんとステージに上るまで信じられないぞと」

そのボブ・ディランが楽屋として使った場所を、外から見せてくれました。メインステージのすぐ裏側に建てたテントの一番奥。中には、ソファーとテーブルがあるだけのシンプルな作りです。

そして日曜日、ボブ・ディランはステージに現れました。いまやフジロックは世界のアーティストに知られ、誰もが“歌ってみたい”と思わせる舞台になっているのです。

■地域が支えるフジロック

■地元の不安 解消したのは観客

■町の将来をフジロックとともに

■ちょっと心配なこと

“世界一クリーンな音楽フェス”とも称えられるようになったフジロック。しかし今、ちょっと心配なことも広がっています。回数を重ねる中で、最近は会場にゴミが散乱するなど、マナーが低下しているというのです。

「フジロックごみ増えたなぁ…」「ゴミとか散らかり放題」

■親子3代で楽しめるイベントに

それでも今回訪れた人たちの感想を見ると大丈夫だと思えてきます。

「帰る人もいればトイレ行く人もいるし、近くで見たい人もいれば寝る人もいる感じ。非常にフジロックっぽくて最高だな、ありがとうフジロック」

「毎回行くのおっくうでできれば行きたくないのは過酷だからなんだけど、行ったら行ったでちゃんと楽しんで帰ってくるわけで。そこがフジのよいところなんだよね。『楽しませてもらう』んじゃなくて、『自分で楽しみを見つける』ところが」

苗場で20年の時を刻んだフジロック。その将来について、日高さんはこう語ってくれました。

「夢は3世代が楽しめるイベント。祖父母、父母、その子ども。例えば、おじいちゃんがボブ・ディランを楽しんで、30代くらいのお父さんも来てロックを楽しむ。そして子どもはラップを聴いて。『なんだおまえ、そんなの聞いているのか』とか会話が生まれれば一番いい」

※記事抜粋 全文はソース先をお読み下さい

2018年8月3日 19時14分
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180803/k10011562281000.html?utm_int=all_side_ranking-access_002