オウム×仕事の取り合い×ジャーナリスト×それより×先
2018-07-27 05:45:46

オウム真理教の教祖だった麻原とその関係者の死刑が執行されたことは大きなニュースになりました。
そして今、その事件について語るジャーナリストさん達の間で論議が白熱しています。

死刑についての是否であったり、オウム事件はもう解決しているのか否か等。

私も最近は色々な事に対して書かせていただき、その記事がニュースとして取り上げられることが多くなってきたので分かる部分があるのですが、
大きなニュースになると今度はジャーナリスト同士が「枠」を取り合うようになるという不思議な構造があるんです。

この現象は例えばサッカーW杯やオリンピックの時期で芸能界でも起こるのですが、
誰が〇〇局のメインパネリストになるのか? 誰が現地に行くのか? と芸人さんや、タレントさんがその枠を取り合うようになります。

どこかの世界で紛争があった時もそうですよね。
突然「誰なんだ?!」という軍事評論家なる人がどこからともなく現れます。
軍事評論家って普段何しているんだろう? と思いつつ、オウムのジャーナリストの話に戻りますが、
なんだか、この枠の取り合いって一般の人は置いてけぼり感を感じてしまうんですよね。

そのジャーナリスト同士の論議になってしまって、情報の少ない一般人に基本的な事件や人間のことが説明されていない。
例えるなら、家電製品を買って説明書を開いたものの、そもそも知っている人が書いているので、専門用語ばっかりで結局意味がわからない、みたいな。

正直言って、一般視聴者からすればべつに池上さんのようにわかりやすく説明してくれれば誰でもいいんです。
そしてジャーナリズムというのは自分で集めてきた情報を「わかりやすく」アレンジして伝えることです。

なのでジャーナリスト同士で争われても困る。
サッカーの時の芸人さんと構造は同じなのはわかりますが、こっちからしたら知らないおじさん達なので‥。

人間はどんなジャンルでも必ずピラミッドの形を形成します。
そのうち、オウムの事件を語るジャーナリストの中で枠を取り合う事件が起きるかも。
そうなったらもう本末転倒です。

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