「日本はどうなっているのか。また台風の犠牲が出たのか?」というのが、開口一番のイビチャ・オシムの言葉だった。
「台風ではなく豪雨ですが大きな犠牲が出ています」と答えると、
「1日も早く復興して欲しいし、いつの日にかこうした災害の犠牲がなくなることを願ってやまない」とオシムは続けた。

今しがた終わったばかりのクロアチア対ロシア戦の興奮が冷めやらぬ私に、彼の言葉は冷水を浴びせかけたといってもよかった。
クロアチアの準決勝進出をオシムも純粋に喜んでいるだろうと思いこんだのは、あまりにシンプルでナイーブであるといえた。
 自分の立ち位置を常に確認し、言及すべきことに言及する。 サッカーに関しても、適切な距離感と客観性を決して失わない。
 彼の言葉を聞いて、私も冷静さを取り戻すことができたのだった。次のイングランドとの準決勝について……。 

――次のイングランド戦ですが……。

「イングランドは常にイングランドだ。そう変わるものではない。日本がアジアでそうであるように、
彼らはヨーロッパで常にトップの位置にいる。没することのないサッカー大国だ。彼らには経験のアドバンテージがある。
サッカーの母国であり、彼らを凌駕するのは容易ではない。

 私が疑問に感じるのは、前線に本当にクオリティの高い選手が揃っているのかということだ。
かつてのボビー・チャールトンのような選手は今のチームにはいない。
レベルは高いが、一度すべてをシャッフルし直した方がいいかも知れない。
というのも国内には代表選手たちと同等の力を持った選手が数多く残っているからだ(笑)」

――スターリングを別にすれば、下馬評ではそれほど良い選手がいる、強いチームとは言われていませんでした。

「それでも強さを発揮するのがイングランドのメリットだ。
 彼らに戦術はあまり意味を持たない。サッカーはサッカーであって、それを突き詰めていけばいいと考えているからだ。
フィジカルが強く戦闘能力が高い。戦を好むスタイルだ。
 彼らを相手に戦いに勝つのは難しい。身体が頑強だから空中戦でも強さを発揮する」

――どんな試合になるでしょうか?

「素晴らしい試合になって欲しい。どちらのチームも、もの凄く魅力的なチームとはいえないが……
素晴らしい試合を演じられる力は持っている。
 そしてどちらがこれから先のサッカーのトレンドとなっていくか見たい。 攻撃的かつ芸術的なスタイルだ。

 チームにアーティストがいればそれだけで輝きが増すが、美しくプレーができるアーティストがいなくとも
、屈強で戦いに強くよく走れる選手が、スピードと運動量で違いを作り出す。彼らが構築するサッカーもまた美しい。
 サッカーがこれからどこに向かっていくか、この試合からわかるだろう」