ダウンタウンの『ガキの使いやあらへんで』の年末特番『笑ってはいけない』というシリーズがあるじゃないですか。
そこで登場していたコメディアンの方が黒人の扮装をして出てきたということがいろいろとハレーションを呼んでいるわけですけども……。
これ、ナチスの制服問題とかなり似た問題があるわけですね。
要は、その服装をすることとか、その格好をすることに、「本人の意図でリスペクトがある」とか「番組演出上、笑いのためであって蔑みのためではない」みたいな感じで意図をくもうとしたり。
あるいは日本の文脈を説明しようとしたりするんだけども……ただ、その意図というものが国境を超えたり、あるいは別の当事者に届いた場合にどんな効果を生みうるのか? ということは、より広く繊細でなくてはいけない。
だから僕はいつも言っているわけですよ。
そういったいろんなチャレンジをする……笑いを取るということはある種チャレンジをするということだと思うんだけど、どんなチャレンジがウケるのか?っていうのは
ちゃんと客席を見なくてはいけない。
で、客席の座っている人が変わったり、座っている人の意識が変わったんだったら
「こういった文脈です」って説明すればそれで十分ということにはならないわけだから。
どんな問題でも、客席にちゃんと説明できるのか? 客席がウケてなくて白けているんだったら、「いや、こういった意図です」っていう風に言うのは、いちばん寒いじゃないですか?
そのあたりをどこまで攻めているのかがわからない、不用意なネタというのが結構散見されるので。
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