これに深く関与していたのが、10年以上ゴーンに仕えた元秘書室長だった。捜査関係者が「ゴーンのあらゆる不正を把握するキーパーソンでゴーンそのもの」と表現するほど。捜査協力が必須だった。ただ対応を
誤ればゴーンに情報が漏れ、事件が潰れる。このため特捜部が接触を図って説得し、司法取引に合意したのは逮捕前の捜査の終盤だった。

 ゴーンの逮捕は、世界に衝撃を与えたが、捜査には思わぬ逆風が吹いた。有価証券報告書に虚偽の報酬額を記載したという容疑が「形式犯」だとの見方がなされたからだ。役員報酬の虚偽記載での適用事例はなく、
構成要件の一つである「投資判断への影響」にも疑問が投げかけられた。

 特捜部が、日産に実害を与えた「実質犯」の特別背任での立件にこだわったのは、こうした批判をかわす狙いもあったとみられる。「会社が食い物にされた」(幹部)とみる日産側も、会社が被害者になる特別背任
での立件を強く求めていた。特捜部は日産の内偵チームと水面下で連携し、年末に向け「中東ルート」の捜査を加速させていった。

 「検察官はもう少し慎重に、よく証拠を見て捜査を進めてもらいたかった」

 ゴーンの弁護人を務める元東京地検特捜部長の大鶴基成(63)は1月8日、東京都千代田区の日本外国特派員協会で、多くの海外メディアを前に記者会見し、かつての後輩たちの捜査に苦言を呈した。

 その日、ゴーンは勾留理由開示の手続きで東京地裁の法廷に立ち、「私は無実。不当に勾留されている」と初公判さながらに訴えた。大鶴はその補足説明として会見したのだが、最大の目的は海外メディアへの発信だった。

 裁判所が容疑者の勾留理由を公開の法廷で説明する勾留理由開示は保釈に直結しないため請求率は1%にも満たない。大鶴も報酬過少記載事件での勾留の際は「意味がない」と否定的だったが、年明けになって方針転換した。
その狙いを、ある検察幹部は「早期保釈に向け、裁判所に圧力をかけるため」と断言する。

 特捜部が特別背任事件の捜査着手を前倒しせざるを得なくなった勾留延長の却下は「検察幹部が軒並み冷静さを失うほど衝撃的だった」(検察関係者)。翌日、地裁は却下理由の要旨をメディアに明らかにしたが、ある
捜査関係者は「証拠関係を明らかにしており、発表自体が捜査妨害だ」とくさした。

 「さすがに却下はないと思っていた。そこまで『外圧』に弱かったとは…」。多くの検察幹部は地裁の異例の判断の背景に、海外メディアの過熱報道があったとみる。日本の刑事司法制度について「長期勾留」「取り調べに
弁護士が立ち会えない」などと批判が向けられてきたからだ。

 勾留理由開示手続きや、その後の勾留取り消し請求と、立て続けになされた裁判所への働きかけは、大鶴を含めた弁護団も裁判所の「特性」を十分意識しているからだろう。

 こうした弁護側の情報戦略に、ある検察幹部は「ゴーンの言っていることは嘘ばかり。マスコミは弁解を垂れ流すだけで利用されているのに気付いていない」といらだちを募らせる。

 一方の大鶴も「検察のマスコミへのリークがひどい。本件の特別背任容疑と関係ないことばかり流す」と漏らし、検察を批判する。

 前代未聞の事件は検察側、日産側、弁護側の思惑に、裁判所も巻き込みながら続いていく。=敬称・呼称略

 ゴーン被告をめぐる一連の事件は11日、特別背任罪で起訴されたことで節目を迎えた。異例ずくめの捜査の舞台裏や日産内部で起きていた「暗闘」を探る。