阪神の藤川球児投手が11日、沖縄・宜野座キャンプで元監督の野村克也さんの訃報を受け、「言葉がないというか、そういう状況です」と恩師の死を悼んだ。
野村さんは南海、ヤクルトの監督を経て、1999年から2001年まで阪神で指揮を執った。1998年のドラフト1位で入団した藤川にとって、プロ人生で初めて
教えを受けた監督。「人間教育をしっかりしていただいた。野球選手である前にいち社会人だという風にすごくいい指導をしていただいたので、今もこうやって
野球をやってきましたけど、日常生活からしっかりと、いい社会人になることを心掛けています。それは18歳の時に指導していただいたおかげ。すごく残念ですけど、
アメリカ行く時も電話で話をさせていただいた」と、恩師から受けた教えを明かした。
また、藤川の代理人を務めるのが、野村さんの継子、団野村氏という縁もあり、「そんなに遠い存在ではなく相談させてもらった」という。野球のことだけ
ではなく、「『どうしたらいいですか?』と、人生に迷ったような時には相談を一度させてもらったこともあるし、その時、奥様からも言葉をいただいたりとかした機会もあった」
と、人生の先輩としてアドバイスを求めたことも。
終始硬い表情を崩さなかったが、やや言葉を詰まらせた後で「お亡くなりになったばかりなんですけどね、夫婦でこれから仲良く、またやっていくんじゃ
ないかなという思いになります」と続けると、やや表情をほころばせた。
フルカウント
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200211-00686733-fullcount-base
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野村さんは南海、ヤクルトの監督を経て、1999年から2001年まで阪神で指揮を執った。1998年のドラフト1位で入団した藤川にとって、プロ人生で初めて
教えを受けた監督。「人間教育をしっかりしていただいた。野球選手である前にいち社会人だという風にすごくいい指導をしていただいたので、今もこうやって
野球をやってきましたけど、日常生活からしっかりと、いい社会人になることを心掛けています。それは18歳の時に指導していただいたおかげ。すごく残念ですけど、
アメリカ行く時も電話で話をさせていただいた」と、恩師から受けた教えを明かした。
また、藤川の代理人を務めるのが、野村さんの継子、団野村氏という縁もあり、「そんなに遠い存在ではなく相談させてもらった」という。野球のことだけ
ではなく、「『どうしたらいいですか?』と、人生に迷ったような時には相談を一度させてもらったこともあるし、その時、奥様からも言葉をいただいたりとかした機会もあった」
と、人生の先輩としてアドバイスを求めたことも。
終始硬い表情を崩さなかったが、やや言葉を詰まらせた後で「お亡くなりになったばかりなんですけどね、夫婦でこれから仲良く、またやっていくんじゃ
ないかなという思いになります」と続けると、やや表情をほころばせた。
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